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11.「まえ」と「あと」

 それなりに落ち着きを取り戻してきた。その日は母と二人きりで病室にいた。あの事件以来、家族とろくに口をきいていない。それは家族が努に対して怒っているからかもしれない。失望しているからかもしれない。もう縁を切りたいと思っているのかもしれない。そんな風にマイナスのことしか考えられなかった。努はそんな自分が嫌だった。家族に嫌われるためにここまでいろいろとやってきたのではないのだと。それだけはわかって欲しかった。もちろん言わなければ伝わらないのだが、言ったところでわかってくれないだろうと努は最初から決め付けていた。


 母の横顔はどこか暖かさがあったが、冷たさもあった。それは努が主観的に感じたことで、母の心境を表しているものではないと思われる。こうしている時間が途方もなく長く感じられた。そして、ついに耐えかねて口を開いた。

「ねぇ、母さん」

 返事はなかった。寝ているのだろうか。病室の窓のほうに体を向けてうつむいていた。努はもう一度呼ぼうと思ったが、何かがそれをやめさせた。

 しばらくたって、母は心を決めたように、震えた声で、しかし、しっかりとした声で、窓に向かって言った。

「もうやめなさい」

 母はどこまでを知っていてどこを知らないのだろうか?努がこういう生活をしていること、それは誰にも話したことのないことであるから努以外の人間は一応、知らないはずである。ただ、このときの母はすべてを知っているようで、本当に短い言葉ではあったが、努には重みが十分に感じられた。


 その後、母と会話を交わすことはなく、また、病院での長い孤独な夜が始まった。「もうやめなさい」とは何を意味していたのか?危ない仕事をしていると思っているのだろうか?それとももっと何かを知っているのだろうか?物音一つなく、窓からの月明かりだけがはっきりとわかるこの病室で、寂しさ以外のものを味わうことはなかった。欲しいものは手に入れている。なのに何か寂しさが残る。

(なぜだ?)


 努は思い出した。あの日の出来事を。鮮明に。そして悟った。すでにランプの存在は一部の人間に知れ渡っていて、狙っているものがいることを。ランプを手に入れるためには手段を選ばない集団もそのうちの一つであると。今まで自分はあのランプで好き放題やってきた。

(自分さえよければそれでよかったのか?他人がどうなってもよかったのか?いや、他人に迷惑はかけていないはず。そうか?今、こうして横になっているのは・・・)


 1週間後、怪我もほぼ回復し、自力で不自由なく生活が送れるまでになった。

 さらに2週間後、退院することができた。これはとてもうれしいことではあったが、何かもやもやとしたものが心の中から抜け出していくことはなかった。何かを忘れている。自分が自分でないようだった。

(そう、それだ。俺は俺でなくなっていた)

 入院している間、ランプ探しにまた出かけるべきかどうかを考えた。欲しいものの大体は手に入れた。金も十分だ。しかし、当初考えたランプの計画は終わっていない。まだあと何回もあれを使わねばならない。努ではなくて、努の体があのランプを求めている。光り輝く・・・。あの光を全身に浴びたい。あの小人に会いたい。しかし、努は知っている。それが目的ではない。その小人に会った後が重要なのだと。それだけのためにランプを探しているのだと。


 思案の末、一旦、家族にあの財産の一部を渡すことを決心した。それは努がやりたかったことのうちの一つであった。金を手に入れ家族を楽にしてやりたいと常に思っていた。それとは裏腹な結果が過去に何度あったことだろうか。そのたびに体の中の野獣が吼えた。その野獣を抑えるためにあらゆることで気を紛らした。家族に悟られぬように・・・。



「そんなもの、いらない」

 それは努には死刑を宣告されたことと同じように思えた。なぜそんな言葉が出てきたのか理解が出来なかった。あれだけ欲しいと思っていたものであろうに、どうして目の前にして断るのか?努は全く理解できなかった。

「そんなお金、いらないのよ」

 母はその言葉を繰り返し、目から大粒の雫を音もなく落とした。努はどうしていいかわからなかった。努は、母が笑顔で「ありがとう、助かるわ」と言ってくれるとばかり思っていた。あれほど必要だった金が手に入るのだから。今まで浪費してきた分の何倍も返しているのだから・・・。


「あんたは大学を辞めるべきじゃなかった。そうよ」

「だって・・・」

「知ってる。どうしてあんたが大学を辞めたのかも。それに、その後、どんなことをしようとしていたのかも。全部わかって、受け入れてあげるつもりだった。受け入れているつもりだった。わかってあげているつもりだった」

 母の目は本気だった。そして、口調も厳しかった。

「何がわかるって言うんだよ」

「私が欲しいのはお金なんかじゃない」

「何か勘違いしてないか?」

「あんたにはこんな風になって欲しくなかった」

 母は混乱している努を見て、はっとして急に優しくなった。それでも、どこか失望を抱いていた。

「確かにね、お金はあったほうがいいのよ、でもね」

「でも?」

「もっと大切なものがあるのよ。お金よりも。お金が多少なくったってなんとでもなるの。だから、あんたには、父さんが失業したって大学に通い続けて欲しかったの」

 努は、驚いて後ろに吹き飛びそうであった。どうして一度も口にしたことのない、大学を辞めた理由を知っているのか。

「どうしてそれを?」

「バカね。あんたの母親何年やってると思ってるのよ。あんたはね、優しい子なのは知ってるのよ。このお金だってそう。それをあらわしてるじゃない。見てたらわかるわよ」

「じゃあどうして?」

「わかるでしょう?あんたはお金じゃ買えない大切なものを見落としてるの・・・」

 母の声は終始震えているが、失望の念よりもだんだんと愛情がこみ上げてくるようであった。努はその愛情を全身で感じ取った。体中の細胞が解放されていくのがわかった。目元がゆるくなり、努の目から大粒の雫が流れた。この感覚は久しぶりだと思った。ここ数ヶ月はすべて楽しいことばかりだった。自分のやりたいこととやりたいままにやってきた。なにも不自由しなかった。でも、それは自分だけだったのだ。誰にも迷惑はかけていないと思っていた。しかし、家族、あの老人にはどうだろうか?迷惑をかけていないと自信を持って言い切れるのだろうか?

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