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10.黒と赤

「こんにちは。初めまして」

 背後から男の声がした。声からもわかるが、どうにも努と仲良くなろうとしている人間の話し方ではなかった。努は、この声に答えなかった。ランプのほうだけを見るようにしていたが、大勢の気配を感じた。こんな薄暗い人通りの少ない路地では他人の助けを求めることも出来ない。大勢の人間の気配は、努を囲むようにして感じられた。

 ゆっくりとランプから顔をあげ、前を恐る恐る垣間見る。黒の服に黒のサングラス。そんな男が大勢そこにはいた。一瞬、悲鳴のような声が漏れたような気がした。だが、その声を感知する耳は今、正常に働いていない。足は小刻みに震え、体全体も震えていた。体中は、暑く、そして寒い。こんな感覚、今まで味わったことがなかった。

(やばい、逃げなきゃ・・・)

 努がニートをしているのは理由がある。別にその辺をふらつき歩いて、仕事をしたくないだけではない。今となってはそう写ってしまっても仕方がないのであるが、家族にはベンチャービジネスに挑戦中ということにしてあることは周知の通りだ。だから、まだまだ遣り残したことがあるのだ。

(ランプについてこの人たちは知っているのか?それともただ、この場所にいたのがいけなかったのか?)

 こんな状況から、この人々と友情が芽生えるなどということは絶対にありえない。ありえない。

(ランプについて知っているとすれば、このランプを渡せば解放してもらえるのか?)

 まず、このことを提案してみるべきだったのだろうか、しかし、そんな有無を言う時間など元々ここには存在しなかったのである。このとき努は、過去にどんなことがあってランプが封印されたかをほんの少しだけ理解できたような気がした。

 努の後方で何かの金属音がした。ガチャリというものであった。そして、冷血な笑い声、他人事のような笑い声。その声と供に、一気に努の後頭部に重いものがぐいっと押さえつけられた。その断面は円形のようであったが、それほど大きな円ではなかった。何か棒のようなものであろうか?つつかれているような感覚でもある。いや、こんな考えは現実逃避に過ぎない。努はすべて理解している。今、自分が置かれている状況。そして、この状況の原因を・・・。



 目が覚めたときには、病院のベッドにいた。東京の病院だろうか。努を覗き込んでいる家族。そこに例の老人の姿はない。家族は皆、安堵の表情を浮かべると供に、涙、怒り、などさまざまな感情がごじゃまぜになって努に降り注いできた。それは何度も何度も繰り返され、止まることはなかった。努は、その状況自体は理解できるものの、ここに至る過程を全く理解できていない。ここに至るまでに何がどうなっていたのか。どこまでが本当で、どこからが嘘なのか。とにかく、こんなベッドでじっとしているわけにはいかないと、起き上がろうとした。だが、腰、腕に激痛が走り、その場から動くことが出来なかった。

 しばらくして、医者がやってきて、山は越えたと言った。そして、家族にいったん病室の外に出るように言った。医者は努に、話せるかと聞いた。努は声を出そうとした。何度も、しかし、出ない。



 1週間後、努の体は回復してきていた。この日の午後になって、見知らぬ男が病室へと入ってきた。努はそれを見て、何が起こったのかと思った。その男は警察手帳を片手に自己紹介を始めた。その男は刑事だとわかった。

 そして、刑事は、努に対して、質問を始めた。

「面倒なので単刀直入に質問します。誰にやられたのですか?」

「やられた?」

「ああ、覚えてらっしゃらない?」

「何のことですか?」

 努は、本当に何もわからなかった。思い出したくなかっただけかもしれないが・・・。

「わかりました」

 刑事は一呼吸置いて、何かを心の中で決心したようであった。そして、話の続きを始めた。

「あなたは、この病院から15キロほどのところの裏路地に血を流して倒れているところを通行人に発見された。そして、ここに・・・」

 努は、思い出した。完全に。そこで何が起こったのかも。自分が意識を失うまで何が起こったかを思い出した。だが、そのとたんに頭が痛んだ。ズキズキと。この記憶は、思い出したくないものなのだ。体全体でそう警告している。そして、次に出てくる考えもわかった。

(信じてもらえない・・・)

 こうなれば、考えるしかない。その状況に至った過程を。ただ、事件現場の状況などは調べてあるだろうから下手なことは言えない。嘘だと見抜かれてしまう。いや、ここで嘘をつく必要はないのではないか?ランプのことを除けば、問題ない。もっとも、それを入れたところで、意識が朦朧として幻覚でも見たのだろうと判断されて片付けられてしまうに過ぎないであろう。それはそれで努には都合のいいことではあったが、やはり、ランプのことは言わないでおくほがいいと思った。それは、今の努の身のことだけを考えてではない。


「あの日、初めての東京で道に迷ってしまい、薄暗い路地裏に迷い込んでしまいました」

 刑事は、なるほどといった表情で努の話を紙にメモしている。この紙という媒体はいつまで続くのだろうかと常に思っていた。普段からもっぱらパソコンばかりを使っているせいもあるのだが、この紙というのが如何に扱いにくいかを努は小学生のときにすでに嫌気が指している。何の折り目もついていない紙をランドセルに入れて家まで持ち運ぶ。どうしてこの作業の過程で紙が見るも無残な形に折りたたまれる(という表現は適切でないが・・・)のであろうか?どうして水に少しでも濡れると元の姿に戻らないのだろうか?そんなどうでもいいような理由であった。

 それはさておき、努は話を続けた。途中まで・・・。

「すると急に後ろから拳銃を突きつけられたのです。おそらく通り魔的なものではないかと。後頭部でした。このままではダメだと思い、その場に伏せました」

「なぜ逃げなかったのです?」

「あのような状況に追い込まれてはそのような平常な思考は働きません。それに・・・」

 といいかけて努は言葉に詰まった。

「それに?」

 そこには大勢いて、自分を囲んでいた、というと刑事はどう思うだろうか?いや、それはすでに足跡などの採取からわかっていることなのであろうか?

「複数人いて、とても抵抗できる状況ではありませんでした。それで、その場でじっとすることにしたのです」

「そうですか。それで、撃たれましたね?そこは覚えていますか?」

「ええ、かすかにですが、後頭部は外れたということだけ覚えています」

「わかりました」


 これくらいが重要な会話であっただろう。そのほかにもこの刑事は努に対していろいろと質問を重ねたが、これらの会話ほど重要なものではなかった。ただ、「何しに東京に来ていたのか」という質問に関しては言葉に詰まり、急に頭が痛くなった演技をした。そこで、質疑応答は終了した。この刑事は仕方なさそうに、「お大事に」と言って病室を出た。

(またここに来て、いろいろと話を聞かれるのだろうか?この話はテレビでは流れているのだろうか?そのときに俺の名前はテレビに出てしまっているのだろうか?)

 いや、こんなことはどうでもいいのかもしれない。もっと重要なことがあった。

(家族になんと言えばいいのか・・・)

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