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1.夕暮れと空き缶

コンッ


「痛てぇ!誰だ!」

 ある河原の土手を秋の夕暮れを楽しんでだろうか、もう辺りは薄暗くなって、虫の鳴き声が聞こえる時間帯に、ふらふらと歩いているおっさんの後頭部に空き缶、しかもスチール缶が直撃した。

「やべっ」

 空き缶を蹴飛ばした犯人は、一目散に暗闇にまぎれて逃げようとした。

「待ちやがれ!!」

(まったくしつこいおっさんだぜ。いい加減、運が悪かったとあきらめたらどうなんだ?!)

 直も犯人は逃げ続ける。犯人の足は速かった。ついにおっさんも観念したのであろうか、その場にへたれこむのが、暗闇の中にシルエットとして浮かんでいた。

「歳の癖に俺に追いつこうってのが間違えているんだ」


 その犯人の名前はツトム。努力の努でツトムと読む。年齢は27歳。大学中退。今は無職。趣味はゲームとギャンブル。同じことのように思われるが、努にとって、それらはぜんぜん違うものであった。それはともかく、努が空き缶を蹴飛ばした理由はちゃんとある。パチンコで5万も負けたということだ。「誰も空き缶を蹴ったところで文句は言うまい。文句といえば、俺だってパチンコで5万も負けりゃ店に文句の一つも言いたくなる」

 パチンコで5万も負けたときは、形相を変え、ぴかぴかに磨かれたカウンターへとどしどし向かった。だが、そこにはなんとも綺麗な女がちょこんと立ってにっこりと微笑んでいた。「こんな人に文句を言ったらかわいそうだ」

 そう思った努は彼女を拝むのに5万を払ったと一旦納得し、店を出た。でも、彼女のそばを離れるとまた怒りがこみ上げてきた。それで、その帰りの道中に空き缶が転がっていたから蹴ったということであった。その後、空き缶がどうなろうと努は知ったことではなかった。

 さて、なぜ無職なのにパチンコにつぎ込む金があるのか?ということについてなのだが、それは努の巧みな話術にある。親や親戚には、

「今、ベンチャービジネスをやっているのだけど、あまりうまく行っていない。それで、軌道に乗るまで援助して欲しい」

という願いを、両親は良心とでも言おうか、そんなもので努に金をせっせと出してくれているのである。


「おかえりなさい」

 努が、古びて地震が来れば一発でぺしゃんことなりそうな家の引き戸をガラガラと開けるなり、母が言った。

「お帰り、お兄ちゃん」

 母が言ったことに対しての反射として、5つ年下の妹が決まり文句を言った。妹は今、一流企業の社長秘書として働いている。そのおかげもあって、家には金が入る。それを努が頂く。なんともうまく出来た構図ではないか。実際、努がそう思っているかどうかは定かではないが・・・。

「御飯出来ているわよ」

 母は努が一日中遊んでいるとも知らずに、

「今日は疲れたでしょう、これでも食べて元気をつけて明日もがんばってね」

と声を掛ける。

 努は何をがんばるのか?それは、決まっている。軍資金を何倍にも膨れ上がらせることだ。

(楽して金が入る。だからギャンブルはやめられない)

 ただ、最近ちっとも当たりが来なかった。そして、軍資金がなくなるたびに母親に金をせびるのであった。

「努。明日、山廣おじさんが来ることになってるんだけど、仕事に関して話でも聞いたらどう?」

 畳の上に置いてある小さなテーブルを3人で座布団に座って囲みながら肉じゃがをほおばる努に母が言った。

 山廣おじさんというのは大学在学中にIT関連の会社を設立し、今やちょっとした企業の社長、いわゆる勝ち組だ。彼は努の父親の兄。つまり、努のおじにあたる。

「まあ、考えとく」

 いつものように適当な返事をして場をやり過ごすのが一番だと思い、そう答えた。


 次の日、その日は日曜日で、努は家を出る口実が見当たらず、山廣おじさんと顔をあわせることとなった。昼過ぎになって、努はようやく起きた。朝御飯とも昼御飯ともとれる食事をし、そのまま音楽を聴いていた。


ピンポーン


 玄関へ走っていった母がいかにも大げさに、

「あらー、よくいらっしゃいました。ささ、どうぞおあがりください」

 そう言った後に母は何かに気がついた。

「あら?その怪我どうなさいましたの?あ、すみません。立ち話もなんですから中でその話も含めてゆっくりと。あ、そうそう、努が山廣さんがいらっしゃるのを楽しみにしてましたよ。なにやら仕事について聞きたいことがあるとかって」

 母の声が一定の間隔を置いて聞こえてくる。山廣おじさんが途中で適当な返事をしているのだろうが、声の大きさが足りないらしく、聞こえてこない。母の他所向きの声は目覚まし時計くらいうるさい。


「やあ、努君。久しぶり。元気にしてた?」

 まるで子ども扱いだった。

「もう子どもじゃないんすから」

「ははは、そうだったね。それで、今日は私が来るのを楽しみにしていてくれた、って」

 母はテンションが上がると何でもかんでも、でまかせでも噂でもばら撒き始める習性があった。絶対に隠し事は出来ないタイプだ。その母は茶菓子と茶を持ってきておじさんの目の前に控え目に置き、努の横にチョンッと座った。

「あれ?」

 努もおじさんの異変に気付いた。

「その怪我どうしたんっすか?」

「ああ、これね。全くひどい話だよ。聞いてくれるかい?」

 努が聞くとも聞かないとも言わないうちに続けて話し始めた。いや、普通はこんなことに「はい」とは答えないのが日本語なのだが・・・。

「昨日の夕方、この近くの土手を散歩してたんだがね」

 と言うのを聞いて努はドキッとした。昨日の空き缶事件を思い出したのだった。

「誰かが蹴飛ばした空き缶が当たってしまってね。私はそいつを追いかけたんだが、どうにもこの歳じゃあ若いものには追いつけないよ。途中で置いていかれてしまった。身長は、そうだなぁ・・・ちょうど努君くらいだったかな?」

 いかにも正確に覚えているものだった。

「まあどうせ、いわゆるニートとかいう連中がギャンブルにでも負けて鬱憤晴らしに空き缶を蹴ったところ誰かに当たった。それでヤバイと思って逃げたってところだろうね。まったく親の顔が見てみたいよ。そう思わないかい?努君?」

 さすがベンチャービジネスを成功させた人物だけはある。努はその推理が完璧すぎて冷や汗が出てくるくらいだった。それどころか途中で噴出しそうになってしまったくらいだ。そして、親の顔が見てみたいと言っていたが、ちょうど努の横に座っているのがそのお目当ての人物である。

(気が済むまで見ていってくれて構わない)

「それにくらべて努君は偉いよ。先も分からないベンチャービジネスにトライするなんて。おじさんでよかったらいくらでも手を貸すから心配しなくていいよ」

 その後、努はおじさんのベンチャー成功武勇伝を延々と聞かされ、うんざりしたまま、おじさんに携帯電話の電話番号を渡され、「困ったときはいつでも連絡して」と言われてしまった。もちろん電話をかけるつもりなどさらさらないのであったが・・・。


「努、参考になった?」

「うー、まあまあかな」

「そう、よかった。それにしてもおじさんの怪我ひどいわよね」

「怪我そのものはたいしたことないんじゃなかったのか?」

「それはそうだけど、空き缶を蹴って人にぶつけておいて逃げるだなんて、いったい親にどんな教育を受けて育ったのかしら。本当に親の顔が見てみたいっていうおじさんの言葉もよくわかるわ」

 残念ながらその親の顔は鏡でしか見ることが出来ない。あえて屁理屈を述べるのならば、写真や、ビデオでだって見ることが出来る。

「母さん。ちょっと散歩してくる」

 努はずっと育ってきた部屋の中で、パソコンでゲームをして、少し疲れたから散歩に行くことを家にいる日は繰り返しているなどと口が裂けても言えなかった。母には部屋では仕事をしているから入るときはノックをしてくれと言ってあり、ノックされたらパソコンのモニターの電源をOFFにし、考え込んでいる演技をした。この演技には慣れてきたもので、考え込む役柄を必要としている劇団からオファーがくるのではないかと思うほどだった。そうなれば、努の無職という肩書きもはずれるわけだが・・・。

 努が散歩するといったら例の事件のあった土手だ。今日は気分で、土手の下に降り、川の流れを眺めることとした。ちょうど昨日、空き缶を蹴飛ばした時間帯と同じくらい。川の水には綺麗に星空半分、夕日半分の景色が映っていた。しばらく眺めていると、なにか光るものが落ちていた。

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