第3話【ボクの友人、その1】
「お、てっきり予約しないでスルーされるかと思っていたけど、一体どういう心境だい?」
翌日、真人に予約した旨を伝え、どこを観光すればいいか、一度行ったことのある真人に聞こうと電話をしたのだけど、予約したと言った後の第一声がその言葉だった。
それに、スルーされるかと思ったという言葉に疑問を抱くが、目的を忘れてはならない。話が脱線してしまっても困るからとあえて無視をした。
だけど、質問された事に関しては答えるとしよう。
「別に……久し振りに温泉にでも入りたいなと思ってさ」
「ははは、お前は温泉とか興味無いだろ!」
クッ……流石は幼い頃からの付き合いだ、僕の事はよく知っている。
学生の頃も、何度か真人に温泉旅行を誘われたが見事全部断っていた。普通の人は「嫌われた」と思ってしまうだろうが、真人は気にもせず「おう、そうか!また誘うわ」と明るく振る舞っていた。
それからも、誘い続ける真人に断り続ける僕。ただ、僕の胸が痛む一方だった。
それなのに、一人で温泉旅行に行くとなった今、真人になんて言えばいいか、傷付けない言葉を探すので手一杯だった。
まぁ傷付くような奴ではないのだけど、一応、ね。
「と、遠出がしたかったから」
「ははは、お前って遠出するの嫌いじゃん!昔、よく旅行誘ったのに「現代、景色も動画や写真で見れて、ご当地グルメも都内で食べられたりする。遠出するなんて疲労が溜まるだけだ」とか言ってなかったか?」
なんでそこまで憶えているんだよ……。
話せば話すほど、僕は言葉を詰まらせていく。別に真人はいじわるをしている訳では無い、ということは分かっているけども、今まで断り続けた僕への仕返しのように思ってしまう。
こんなの、彼氏の浮気現場を目撃した彼女の気持ちと同じだ。何言っても、的を射た言葉を返してくる。僕はついにじれったくなり少し声を荒げる。
「べ、別に何だっていいだろ!旅行に行く理由なんて人それぞれだし」
あぁだめだ。浮気現場を目撃されて、動揺してしまっている彼氏が「お、男が女を好きなのは当たり前だろ!」と苦しい言い訳をしている状況と同じだ。
だけど、真人は電話越しで納得したように「ふむ」と呟いた。
「確かにそうだな。好きな人と出掛けたい、心を落ち着かせたい、多くの経験がしたい……旅行に行くのに理由なんていらないしな」
「そうそう」
よく分かっているじゃないか、という言葉がうっかり口から出そうになる。危ない危ない。旅行について知らない奴が偉そうに語る『痛い奴』になるところだった。
「ただ……」
「ただ?」
「俺は別に興味本位で聞いてるわけだ」
「……………」
ブチッと僕は電話を切った。
興味本位、つまりこいつは『いつも』とは違う行動をとった僕を見て楽しんでいるということだ。まるで赤ちゃんが成長して増える行動を見て楽しんでいるように……それが妙にイラッときた。
すると数秒で、ブブブブブ……と携帯のバイブが鳴る。その着信者は真人だ。
ピッ
「興味本位でとか言って悪かった!ただ……お前に…グスッ……伊香保温泉に…いっでほじがっだんだよ」
電話を出ると同時に、わざとらしい嘘泣きをする真人に、余計苛立ちが募るが、観光について聞きたい事があるため通話終了ボタンを押しそうになっていた僕の親指を理性で止める。
「はぁー…まったく、真人は学生の頃から変わらないなぁ」
「そんな事と言うお前だって、あまり変わってねーよ!」
「変わって……ないか」
その言葉を聞いた僕は、少しガッカリとした声で呟く。
なにも得なかった大学生活から卒業し、就活が上手くいって今の会社に就職した。やっと『大人』なれると、大人になる僕は何か変われるんじゃないかと、胸を躍らせていた。
だけど……
「僕は……この五年間、何も変わることが出来なかったな」
ハッと気付いた頃には遅く、電話越しの真人に向かってそう呟いていた。馬鹿にされると思いながら、真人の言葉を待っていると案の定、笑い始めた。
「ははは、そりゃあそうだ!」
「……なんだよ」
分かったような口振りに、僕は少し怒りを覚え、聞き返す。
「だってお前、口だけで行動しないじゃん」
「ッッ……!!」
僕は何も言い返せなかった。
それは、真人の言葉に納得してしまって自分がいるからだ。
僕には欲が無い、というわけでは無い。
ちゃんと、したいことだって、欲しいものだってある。
だけど、いつも考えるだけで諦めてしまい、「僕には無理だ」とか「また今度の機会で」と遠回しにしたりする。
今回の旅行だってそうだ。
もし、埼玉から伊香保温泉行きのバスが出てなかったら行くことは無かったと、改めて思う。
僕は、そんな情けない自分に悔しくなって唇を噛み締める。
「おーい、空人。聞いてるか-?」
「聞いてるよ馬鹿!!」
真人のいつもと変わらない口調に、ついつい逆ギレしてしまう。
それが真人の良いところでもあるが、悪い時もある。まさに今が悪い時だ。
だけども、僕の逆ギレがそんなに面白かったのか、真人はゲラゲラと電話越しで笑っていた。
クッ………ムカつく!!
「あはは……でもな、俺は嬉しいよ。お前が自ら旅行に行くなんて、今まで無かったじゃねーか」
「そうかな?」
「そうだよ。会うたびに趣味のきっかけを作ってやろうと頑張ったのに、興味なさそうに、いつもスルーしやがって」
「……面目ない」
確かに、真人に会うとお酒を教えてくれたり、テニスについて語られたり、色々な体験話を楽しそうに話してくれていた。それをスルーしていた僕は薄情者だ。薄情者であり、気分屋である僕に、ここまでついてきてくれた友人は真人くらいだ。
そんな真人が、今回の件に関して、嬉しそうにしているのは電話越しからでも伝わってくる。
なんて……いい奴なんだ。
「空人、時間の無駄とか考えるなよ。行動したこと意味があるんだ、きっとこの旅で新しい『何か』と出会えるかもしれない。旅は一期一会だ。出会った人、風景、食事……全部を感じてくるんだぞ」
「あぁ」
新しい『何か』か。
僕はこの旅で何を得るのだろう。もしかすると、何も得ずに旅を終えるかもしれない。
だけど、それでもいい。
旅は損得じゃないんだ。
僕は今回の旅行だけじゃない、今まで気に掛けてくれたことも含めて感謝の言葉を伝える。
「ありがとな、真人」
「おう、また何かあったら連絡しろよ」
「あぁ、おやすみ」
ブチッと電話が切れて、真人に連絡しようとした目的に気付いたけども、今はそんなこと、どうでもよかった。
僕の心は、旅のことでいっぱいに溢れていた。一人で旅をすること対するハラハラ感と、未知へ足を踏み入れるワクワク感。
「何処へ行くか、自分で調べて計画しよう!」
僕はベッドの上に立ち上がって、そう宣言する。真人のお陰で旅に対する高揚感が増した気がする。
とりあえず、明日も仕事なんだから、週末の旅行に備えて体調管理をしっかりしないと。
僕は電気を消して、布団に潜る。
すると、携帯が再びブブブブブとバイブが鳴り、確認すると真人だった。
「なんだ?」
それは電話ではなく、メッセージだった。「参考に」という一言の後に、長文が送られてくる。そこには、以前真人が観光した伊香保周辺の神社や絶景などの名所らが書いてあった。
「ほんと…良い友達を持ったな、僕は」
僕は微笑みながら、眠りについた。
今日は『いつも』とは違う良い夢を見れそうだ。
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