うちの店は色々あります
東京でも、大阪でもないこの街の、ひっそりとした路地裏に、赤い屋根に緑の壁の、まるでトマトのような建物がそこにある。
そして、鳴らしてくださいと手書きで書かれた先のチャイムを鳴らすと、ひょっこり出てくるのが、丸眼鏡を鼻にかけて、年齢はいくつなのか不明の、人の良さそうな笑顔が印象的な野木聡だ。
今日もまた、お客様が来たようだ。
「すいません、入って中を見てもいいですか?」
大抵の客の第一声がこれである。
冷やかしかヒマつぶしとは、言い過ぎだが、それに近い。
「どうぞお」
聡は間延びした声で歓迎する。
この店は、店でありながら、聡の博物館なのだ。
今日の客は、ロマンスグレーといった感じの品の良さそうな男性だ。脚が悪いのか、手にはおしゃれな杖を持っている。
「なかなか良い店だね」
決して品定めをするわけではない、優しい眼差しで店内を見渡す。
「ありがとうございます」
聡はブリキ製のコーヒーカップに、カフェオレを淹れてサービスする。
これは、ゆっくり見てくださいという心配りの表現だった。
「ほう、これはうれしいサービスだね」
男性はニッコリとしてカフェオレを受け取った。
男性はカフェオレの飲みながら、店内を歩き回った。
精巧な作りの鳩時計。
ペアの花柄のティーカップ。
良い書き心地の万年筆。
目にとまる品は色々あった。
中でも、男性がこれは、と思ったのは、一枚の写真が入った写真立てだった。
木製の写真立てで、木で彫られたイルカがかわいらしい。
写真では、少女がハワイアンダンスを楽しげに踊っている。
「この写真もおまけしてくれるかい?」
男性は真剣な顔つきで尋ねた。
「もちろんです。お気に召されましたか?」
聡はそう応えながら、レコードの針をそっと置いた。
ハワイアンの陽気な音楽が流れ出した。
「わたしの娘は、ハワイに留学して、そのまま結婚したんだ。しばらく会ってない」
少し遠くを見つめながら、男性は呟いた。
「この品物、お売りします」
「いいのかい?」
「どうぞどうぞ。わたしは、その品物を愛してくれる方にお売りしたいので」
男性はきっちりお金を払うと、
「いい買い物をしたよ。ありがとう。また居心地のいいこの店に来るよ」
杖を振りながら店をあとにしたのだった。おわり