第一章8 青年は祈りに気付かず……
部屋を出たユーリの目の前にはアンネリーゼが待っていた。彼女は出てきたユーリを見て声を掛けた
「思ったより早かったな」
「待っててくれてた?」
「君を置いて行くと迷子になるのは目に見えている」
ユーリを質問に答えるアンネリーゼの言葉には悪意はない。
それが分かったユーリは特に気にすることもなくさらにアンネリーゼに問いかけた。
「それでお姫様は?」
「先に自室に戻られたよ。我々も部屋に戻り作戦会議と行こうか」
行った後にアンネリーゼはユーリに背中を向けて歩き出した。ユーリも彼女に続き歩きだす。
しばらく二人とも無言で歩き続けていたが、アンネリーゼが急に立ち止まり、振り返った。
「まだ、ちゃんとお礼を言えていなかったな。ありがとう。私を、ベルニナ様を助けてくれて」
アンネリーゼはお礼をした後、頭を下げた。
ユーリは目を白黒させて驚いてた。
「改めて言われると照れるな。俺は依頼をこなしただけだって」
ユーリは朱に染まった頬をかきながら言った。
「さ、もう行くぞ」
ユーリの照れる姿を見たアンネリーゼも顔が赤くなり、踵を返して再び歩き出した。彼女の後を追うようにユーリも足を動き出す。
その後、二人は無言で歩き、ユーリが目覚めた部屋に戻ってきた。しかし、部屋の中に入ってみると先に戻っていると言っていたベルニナの姿がない。
ユーリは疑問をそのまま口に出す。
「あれ? 姫様は先に戻ってるんじゃなかったのか?」
「ベルニナ様は自室に戻られた。こっちには後から顔を出すそうだ」
ユーリの疑問に答えたアンネリーゼはそのまま椅子のある所まで歩き座った。彼女の言葉を聞いて納得したユーリもまた、ベッドの近づき腰を下ろした。
「さて、さっそくギゴラス討伐についてすり合わせといこうか」
ぐるるる~……
アンネリーゼの意見に返事したのはユーリではなく、彼の腹から出る音だった。
沈黙が再び流れた……。
ユーリは顔を真っ赤にして笑い、アンネリーゼは目を点にしたまま固まっていた。ちょっとの間が開けた後、アンネリーゼが鼻で軽く笑い、口を開いた――。
「先に朝食にしようか……」
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王城一階の廊下を歩く二人。
ユーリは先ほどと同じく続く沈黙が嫌になったのか、口を動かしていた。
「王城に食堂なんてあんのな」
「食堂と言っても兵士のためにあるようなものだから、それ以外の人は利用しないよ。他にも色々な設備が揃っていると思ってくれて構わないよ」
アンネリーゼは補足を加えながら説明してくれた。
そのままアンネリーゼは廊下を右に曲がり立ち止まった。彼女の目の前には、昨日のギゴラス討伐作戦の指揮を任された濃い顔の大男、バース将軍がいた。将軍もアンネリーゼに気付くと、アンネリーゼの方に駆け寄り声を掛けた。
「おぉアンネリーゼ! 探していたぞ」
言い終わって、バース将軍はアンネリーゼの後ろをついてきたユーリにも気が付いた。
「おぉ、目が覚めたのか青年。聞いたぞ。お主もフィリド坊ちゃんの戯れに付き合わされるとか」
ユーリはバースに声を掛けられので返事をしていたが、戯れの単語に反応したアンネリーゼはバース将軍に問いただした。
「戯れ……。バース将軍も姫様とフィリド子爵の事を知っているのですか?」
「先ほど陛下から教えてもらっての。アルタス領に逃げたギゴラスの討伐数を競うんだろ? わしもこれから街道に散ったギゴラスを狩らねばならん! お主たちも統率の執れていないとはいえ、油断すれば命取りになる。気を付けてな」
バース将軍は最後にアンネリーゼに小声で呟いた。
「なにかあれば魔筒を打て。いいな?」
アンネリーゼは無言で頷いた。それを見たバース将軍は手を上げ「それじゃあの」と言い、二人とすれ違い廊下を歩いて行った。
「おっさんも大変だな」
両手を頭の後ろで組んだユーリは他人事のように、適当な感想を漏らしながら、また歩き出した。彼もこれから将軍と同じようにギゴラス討伐に赴かなくてはならないのに。
その後は誰かと会うこともなく食堂にたどり着いた。
食堂はセルフ方式であり、朝食は一種類のみでお金は税金で賄われているので払わなくてもいいとアンネリーゼはユーリに教えていた。
二人はパンにスープ、それにサラダを配食していたおばさんに貰い適当なテーブルに向かい合うように座った。
食事中は二人とも無言で食べていたが、アンネリーゼのきれいな食べ方とは対照的に素早く胃の中にかき込むように食べるユーリであった。
そのためか、ユーリの方が早く食い終わり、彼はアンネリーゼが食べている姿をまじまじと見ていた。
「なんだ? 私の顔に何かついているのか?」
アンネリーゼが顔を染め聞いた。
「いや、ただずいぶんとお行儀よく食べるもんだなって。アンネリーゼってもしかしてどっかのお嬢様だったりする?」
ユーリの問いかけにアンネリーゼは肩をすくめ、そんなことか、とでも言いそうな雰囲気をだしながら答えた。
「確かに武家の出自だが、お嬢様なんて可愛いく育てられたわけでもないよ」
丁度、アンネリーゼも食べ終わり、話は終わりとばかりに料理の入っていたプレートを持ち立ち上がった。ユーリもそれに続き立ち上がり、カウンターにプレートを返却し、食堂を後にした。
再び、部屋に戻っている途中、二人はベルニナに出くわした。
「あら、どこに行ってたの? まぁいいわ。ついて来て」
ベルニナは二人を見るや、彼女が来た道を戻っていった。どうやら、ユーリ達を呼びに行っている途中だったようだ。
「ここよ。入って」
ベルニナが案内した部屋は長椅子が二つ向き合って置かれ、その間にテーブルのある応接室になっていた。
ユーリたちが部屋の中に入ると、すでに部屋の中に誰かいるとようで、彼らが入ってきたことに気付くと立ち上がり、挨拶をしてきた。
「初めまして。俺はフィリド様の側近をしているアージュだ。以後、お見知りおきを」
アージュと名乗った男は黒髪を短髪にして切れ長の目で一見、怖そうな印象をしていた。しかし、口を開けば以外にも好青年な感じで、年もユーリやフィリドに近い年齢のようだった。
「俺はユーリ。しがない冒険者兼お姫様の家来ってとこだ」
アージュが手をユーリに伸ばしていたのでユーリも簡単な自己紹介をして握手に応じた。
ユーリとアージュが握手した後、アージュはアンネリーゼにも声を掛けた。
「久しぶりだな、アンネリーゼ。お前の噂はアルタス領にも届いているよ。なんでもギフトを授かったそうじゃないか」
「そんなに褒められたものでもない。それよりどうしてここに?」
二人は顔見知りのようで軽く挨拶をしていた。
しかし、アンネリーゼの疑問に答えたのはアージュではなくベルニナだった。
「勝負に関する細かいすり合わせをするために、フィリドがよこした使いよ。さ、そんな所に突っ立ってないで早く座りなさい」
ベルニナはいつの間にか座っており、他の三人にも座るように催促した。
下座にアージュが、上座の真ん中にベルニナ、その両脇にアンネリーゼとユーリが座り、勝負に関する話が始められる。
一番最初に口を開いたのは、ベルニナだった。
「それで、詳しい話ってなによ?」
「それは期間とギゴラスの討伐数の数え方についてですね。期間についてはギゴラスに領民が不安がるといけないので、今日の午後からというのだけは了承していただきたいのですが……」
さすがにアージュもベルニナ相手だと敬語で話すようだ。彼は言葉の最後に問いかけるようにベルニナを見た。
ベルニナもそこには特に問題ないようで頭を縦に振り肯定し、そのまま話の続きを促した。
「では今日の午後から明後日の夕暮れまでの期間でどうでしょう?」
アージュの問いかけにベルニナは隣にいるアンネリーゼに顔を向けた。どうやらアンネリーゼに話を代わるように目配せしたようで、アンネリーゼもベルニナの意図に気付いた。
「それで問題ないが、夜はどうするのだ? こちらは野営でも構わないが」
ベルニナに代わりアンネリーゼが答える。
アージュは話相手がアンネリーゼに代わったことで大きく息を吐いた。ベルニナと話すことが慣れておらず緊張していたようだ。
「夜はギゴラス以外の魔物が活発に活動するから二、三人で野営するのは危険だ。領地の街に戻ってくれれば宿を用意するぜ」
アージュの申し出を受けるか否かを考えたアンネリーゼだが、ユーリが先に喜びの声を上げた。
「マジか! そいつは助かるな!!」
ユーリが了承したことにより、フィリドの手が掛かっているかもしれない宿に泊まることが決定してしまった。
アンネリーゼは頭を抱えたが、アージュの厚意を無下にするわけにもいかないと気持ちを切り替え、次の話を進めた。
「それで討伐数についてだが、どうするつもりだ? 牙でも折って持っておくか?」
「いや、ギゴラスの牙は大きいし、かさばるからやめておこう、今回はこのナイフを使おう」
アージュが懐からナイフを取り出した。それは片刃で反りのある刀身の青いナイフだった。
「これは何だ!? 魔武器なのか!?」
ユーリはそのナイフに興味津々なのか、身を乗り出し食い気味でアージュに聞いた。
「こ、これは切ったものを魔力でマーキングできるように加工された武器だ」
若干引きつつアージュが答える。しかし、それを聞いていたのはユーリだけで彼は魔武器ではないと知って肩を落としていた。
ベルニナは魔武器という単語に聞き覚えがないのかアンネリーゼに魔武器とはなにか聞いていた。
「魔武器というのはですね、魔法の力を宿した武器の総称ですね。細かくするといくつか分類されるんですが、簡単に説明すると魔力さえあれば魔法が打てる武器というものでしょうか」
「へー、世の中にはそんなものがあるのね」
アンネリーゼの説明を聞き間延びした声を上げたベルニナ。
コホンとわざとらしい咳払いが聞こえ、アージュが脱線した話をもとに戻した。
「それでこのナイフで討伐したギゴラスにマーキングしてくれれば、あとでうちの兵士たちが回収してくれるさ」
「アルタス侯爵の私兵も出回っているのか?」
「まぁいくら勝負といっても領民を危険にさらすわけにもいかないからな。フィリド様とは別に、うちの兵士も討伐に参加するんだ。勝負には関係ないから心配すんなよ」
そうは言うもののやはりフィリドの事が信用できないアンネリーゼは不正の懸念があった。
そんなアンネリーゼの様子を見たアージュは懐からもう一本のナイフを取り出した。
「そんな心配すんなよ、アンネリーゼ。こっちは俺がマーキングするからよ」
アージュの手には先ほど出したナイフの色違い。赤い刀身のナイフが握られていた。
フィリドよりはアージュは信頼できるようでアンネリーゼは納得したようだ。
すり合わせが終わり、アージュはフィリドに報告するようで早足に部屋から出て行った。
ユーリとアンネリーゼはこれから準備をし、すぐにアルタス領に向かうそうで、彼らもベルニナに挨拶した後、部屋を出て行った。
部屋に残されたベルニナは後は結果を待つだけの身となった。彼女は祈るように手を組み、目を瞑った――。
――少女の祈りに青年は答えることができるのだろうか…………。