第一章7 青年の存在は薄く……
王城の廊下を歩く三人の影がある。
一人はこの城で暮らす第三王女、ベルニナだ。そのベルニナの後ろを歩くのは、彼女の従者であるアンネリーゼ。
そして、一番最後を歩くのはユーリ。つい先ほどベルニナの家来にされ、事情も説明されないまま廊下を歩かされている。
「おい、ちょっと待てって!」
彼は先ほどからベルニナを停止を求めているが、彼女は止まらず歩き続ける。だが、歩きながら口を動かした。
「さっきからうるさいわね。事情はお父様の所で一緒にするって言ってるでしょ」
「今してくれ! 訳も分からないまま陛下に謁見するなんて緊張で死ぬ!!」
ユーリの冗談めいた懇願が通じたのか、ベルニナはため息を吐いた後、話し始めた。
「私はあと一月ほどで十五歳になるわ。その時の誕生パーティできっと婚約を結ばれるのよ」
「えーっと、オメデトウ?」
「まぁ、世間一般ではそう言うわね」
「世間では婚約自体少ないんだけどな。それで、その婚約するのが嫌なのか?」
ユーリの言葉にベルニナは俯き、少し黙った後、またしゃべりだした。
「別にいやという訳じゃないわ。……ただ、私は今まで一度も自由に外に出たことが無いから。残りの一ヶ月、その間に外の世界を見てみたいの。だから――」
ベルニナはそこで一旦言葉を区切り、この続きを言うのをためらった。だが、結局言うことにしたらしく、足を止め、ユーリの方へ振り返り、三度口を開いた。
「だから、あなたに助けられたときチャンスだと思ったわ。お願い。私を外の世界に連れ出して」
ユーリは目の前の少女を見て、何を思ったのだろう。彼女の願いはとても小さいものだ。ただ外に出てみたいという、小さな願い。
そんな願いも叶えることが出来ないほど、彼は弱くもないし、断ることも出来ないだろう。なにより先ほど家来になると言った矢先、彼女のお願いを無下には出来ない。
「――分かったよ。俺が外の世界を見せてやる。言っとくけど、俺はこう見えて結構、いろんな所知ってんだぜ」
ユーリはそう言って笑って見せた。彼の言葉を聴いたベルニナは安堵し、微笑んだ。そして、ユーリに背を向けまた歩き出した。
「まぁ家来には元々、拒否権なんか無いわ」
そう言ったベルニナの耳は赤くなってた。それに気づいたアンネリーゼもまた微笑み、彼女の後を追うように歩き出した。
ユーリもまた、自分の発言に恥ずかしくなり、話題を変えようと歩き出しながら、口を開いた。
「そ、そーいや、王様の所にはなんて言いに行くんだ?」
「お父様の所には説得に行くのよ。まだ何にも話していないもの」
ベルニナの発言にユーリは目を丸くした。
「は? え? 何にも話していないってどうゆうだよ? 陛下が何にも知らないってことは外に出たいってことも知らないのか?」
「そうよ。なにか問題でもあるのかしら?」
「あるよ!! 陛下に話しても許可が出なかったら外に連れ出すこともできないだろ!!」
ベルニナの態度にユーリは声を荒げた。
「そのための家来よ。外に出ても私の安全を確保できるって説得しなさい」
「むっちゃ言うなよ!!」
ベルニナの発言に今度こそユーリは叫び声を上げた。
「あきらめろユーリ。姫様はこういう方だ」
これまで黙っていたアンネリーゼが口を開き、ユーリの肩に手を置いた。ユーリは選択を間違えたのかもしれないと思い、肩を落としため息を吐いた。
そうこうしている間に玉座の間についたらしく、大きな扉がありその両脇に兵士が控えてた。
彼らは近づいてきたベルニナに気付くと敬礼をした。その後、後ろにいたユーリにも気付いたらしく睨んできて何か言いたげだった。しかし、ベルニナが彼らが口を開くよりも早くしゃべりだした。
「彼は私の使用人ですわ。別に怪しい者ではありません。それより、今、お父様には会えますか?」
「陛下は今、アルタス侯爵と会談中ですので今しばらくお待ちください」
兵士の一人が答えた。
しかし、兵士が言い終えて瞬間、扉が開き、中から背の高い男性が出てきた。男性の顔は堀が深く、髭を蓄えていた。髪は薄い茶髪を後ろに流し、服装は貴族が着るような高級な服を着ていた。
「これはこれは、ベルニナ様。帰路の途中、ギゴラスに襲撃されたと伺っていましたが、無事で何よりです」
「昨日ぶりですわね、アルタス侯爵。私は優秀な部下に助けられて傷一つありませんわ」
アルタス侯爵。ベルニナの口から目の前にいる男性の名前が告げられる。彼がフィリドの父親で、フィリドとベルニナの婚約のカギを握る人物といっても過言ではない。
「アルタス侯爵はなぜお父様の所へ?」
「すいません。それについては言えません。では私はこれで失礼させてもらいます」
ベルニナが問いかけると、アルタス侯爵は拒み、早足にその場を離れた。
彼がなぜ、王城にいたのか。どうして、ルグニカ王と対談していたのかはわからない。しかし、ベルニナには予想できた。自分とフィリドの婚約の話ではないか、と。
だが、それが真実とは限らない――。
アルタス侯爵がと室した玉座の間は今、ルグニカ王一人のみと兵士が教えてくれたので、ベルニナ達は入室することにした。それを兵士に伝えると少しだけ待ってくれと言われた。
「それにしても、父親にちょっと会うのもこうして兵士を通さないいけないなんて、王族も大変なんだな」
「こら、ユーリ! ベルニナ様の前だぞ!」
待っている間に暇になったのかユーリが呟いた。それに反応したアンネリーゼが叱咤する。
「別に構いませんよ、アンネ」
しかし、ベルニナは気にしていないようでアンネリーゼを制止した。
そんなやり取りをしていると中から兵士が出てきて、入室許可が出たと言ってくれた。
ベルニナは「失礼します」と軽く声を掛けて扉を開けた。中に入ると床に赤い絨毯が敷かれた、広い部屋があり。その部屋の奥、玉座がある場所でこの国の王、ルグニカ王が鎮座していた。
部屋の中にはユリシア王以外は見当たらず、一人のようだった。
ベルニナ達は部屋の中央まで歩き、そこで立ち止まるとアンネリーゼが跪き、ユーリにも目で促した。ユーリもアンネリーゼに習い、その場に跪いた。
ベルニナだけはドレスの端をつまみ軽く会釈し、ユリシア王に声を掛けた。
「公務中に失礼しますわ」
「別に構わぬ。して、私に何か用かな? ベルニナ」
ユリシア王はベルニナに微笑み要件を訪ねる。ベルニナはしゃべるのを戸惑い、少し沈黙が流れた。その後意を決したようで口を開いた。
「お父様、私は、ベルニナは外の世界を見てみたいのです。自由に街を歩きたいです」
ベルニナの告白にユリシア王は目を丸くした。そして、目を瞑り考え出した。
ユリシア王は思い出している。今までベルニナが自分の思いを直接、言ってきたことがあったかを、しかし、ユリシア王の記憶に間違えがなければ、そんなことは無い。
小さい時から、言いつけを守っていたベルニナが、自分の意志で何かをしたいと言い出したのは初めてで、ユリシア王は、できることなら叶えてあげたいと思っているが、あまりに危険なことで簡単に許可できないようだ。
ユリシア王がどう返事をしたらいいか悩んでいると、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「その話、少々お待ちください!!」
部屋に入ってきたのはアルタス侯爵の息子、フィリドだ。なぜ彼がここにいるにか、ベルニナは疑問を抱いた。
しかし、フィリドはずかずかとベルニナに近づき、ベルニナに向かって口を開いた。
「ベル、昨日あんな目にあったのに外に出たいなんて、危険だ! 考え直してくれないか」
そう言うフィリドはベルニナを心配している様だ。しかし、フィリドとベルニナの間にアンネリーゼが割って入る。
「お待ちください、フィリド子爵。 今は姫様が陛下と会談中です。お控えください」
アンネリーゼはフィリドに退室を促した。しかし、彼はアンネリーゼを無視、今度はユリシア王に向き直した。
「陛下! お考えください。昨日、魔物に襲撃されたばかりのベルが外に出て、また危険が迫るかもしれません。彼女のためにここは我慢してもらうべきです」
ユリシア王に直接訴えるフィリドの意見に、今度はベルニナが反論する。
「私には昨日魔物から助けてくれた冒険者が付いていますわ。私に危険が迫っても彼が対処してくれます」
急に話を自分に振られたユーリは驚いて顔を上げた。
ユリシア王とフィリドもユーリに顔を向けている。だが、ユリシア王が品定めするかのように見ているのとは違って、フィリドは睨みつけるようにユーリを見ていた。
「そんなどこの馬の骨とも知れない冒険者を護衛に付けるなんて、ますます心配になるよ。第一、彼は特に腕の立つ冒険者ではないようですし、たまたまベルを助けただけではないですか」
フィリドがまくしたてるように発言し、ユーリを非難した。その言葉に反応したのは、アンネリーゼだ。
「彼の実力は私が保証しますよ。彼はギゴラスのボスと単騎で戦い、勝利を収めている」
アンネリーゼがユーリの事を擁護した。しかし、それだけでフィリドは引き下がらない。
「実力が確かでも格式や気品が彼からは感じられない。ベルはこの国の王女だ。護衛する人間にも格が問われる。もし、ベルが外に出るというなら護衛には僕を家の兵士を付ければいい」
「それこそ、実力が確かか怪しいではないですか」
「なにを失礼な!?」
売り言葉に買い言葉。その表現が正しいのか、フィリドとアンネリーゼはお互いに譲らない。
そこで痺れを切らしたのかユリシア王が口を開いた。
「待て待て、二人とも。そう熱くなるではない」
ユリシア王に止められては、さすがに黙るしかないのか、二人は黙った。
ユリシア王は静かになった玉座の間で考え込んでいる。未だベルニナの願いを聞くかどうかを悩んでいるのだ。
しかし、フィリドはまたベルニナに振り向き彼女にしゃべり掛けた。
「なぁ、ベル。一つ提案があるんだが」
「なにかしら、フィリド」
ベルニナは提案と言うフィリドの言葉に、とりあえずは耳を傾けることにしたらしい。そのまま続きを彼に促した。その口調にはさっきまでのお淑やかさはなく、素の態度で応じている。
「昨日のギゴラス討伐の残党、それがアルタス領に逃げ込み、領民を脅かす危険があるんだ」
「それがどうかしたのかしら?」
「君の従者と僕の兵士、どちらが多くのギゴラスを狩れるか勝負しないか?」
フィリドの提案に答えたのはアンネリーゼだった。
「なにを馬鹿な!! ベルニナ様には私用で動かせる兵士なんていないんだぞ!!」
「いるじゃないか。君と、そこにいる彼が」
アンネリーゼの問いかけにフィリドは答える。数人で囲い込み狩るギゴラスを相手にたった二人で挑めと。あまりに馬鹿々々しい答えにアンネリーゼはフィリドではなく、ベルニナに向かい口を開いた。
「ベルニナ様、このような挑発に乗ってはいけません。あまりに無謀です」
フィリドは続けて口を開く。
「それに、僕のほうも側近二人と僕自身で臨むことにするよ。ギゴラスのボスを一人で倒したのに今更、残党ごときでビビるようでは、ベルの護衛など到底務まらないのでは?」
さらに挑発を続け、これで最後と言わんばかりにベルニナに対して語りかけた。
「それに、もし僕が勝っても君は外に出られるんだ。悪い話ではないだろう?」
その言葉を聞いたベルニナは目を見開き、声を上げた。
「あんたなんかに連れ出されて外に行くなんてまっぴらごめんよ!! 私は自由に外を歩きたいの!!」
「なら、決まりだね」
ベルニナの荒げた声を聞いたフィリドは邪悪な笑みを浮かべた。そのままユリシア王に向き直り、しゃべりだした。
「では陛下、より多くギゴラスを狩った方がベルの護衛を務め、彼女を外に連れ出す、ということで問題ないですね? 私は準備がありますのでこれで失礼します」
そうまくしたて、部屋を出て行ったフィリド。彼が出て行った後。
「私は何も言ってないんだがな」
ユリシア王はそう呟いた。その言葉を聞いたユーリはやっと立ち上がり、この部屋で初めて口を開いた。
「俺もですよ、陛下」
沈黙――。ユーリの発言の後、誰もしゃべらず動かない時間が流れた。それも見たユーリは何かやらかしたのかと慌てだした。
その沈黙を破ったのはユリシア王だった。
「君が娘を助けてくれたんだったな?」
「は、はい。……いえ、正確には姫様を助けようとしたアンネリーゼを助けたですけど」
突然聞かれ思わず返事したユーリだったが、すぐさま間違えを訂正した。
「それでも娘を助けてくれたことには変わらんよ。ありがとう」
ユリシア王は立ち上がり、ユーリに対して頭を下げた。それは王様としてではなく、一人の父親としてだろう。そんな彼の姿を見たユーリは慌てて声を出した。
「そんな、頭をお上げください陛下。俺はただ、依頼をこなしただけです!」
ユーリの言葉を聞いたユリシア王は頭を上げ、玉座に再び座った。
「して、勝負とやらはホントに受けるのかベルニナ?」
今度はベルニナに声を掛け、先ほどの勝負の事を聞いた。
「えぇ。その勝負に勝てた暁には、私の意志で自由に外を歩かせてください」
ベルニナは答え、ユリシア王に頼んだ。その言葉を聞いたユリシア王は今一度目を瞑り、一息ついた後、目を開けた。
「わかった。勝てたならお前の好きなようにすればいい。だが、今回の討伐に参加するのは禁止だ。お前のための勝負だからな」
ユリシア王はベルニナにギゴラスの討伐に参加するのを禁止した。今回の勝負でどちらが彼女の護衛に相応しいかを決めるため、その勝負にベルニナが参加するのもおかしい話になってしまう。
「わかりました。では、私たちはこれで失礼します」
ベルニナはそう言って玉座の間から退室しようとする。アンネリーゼもユーリも彼女にならって退室しようとしたが――。
「ユーリといったかね、君はちょっと待ちたまえ」
ユリシア王がユーリを引き留めた。ユーリは返事をして、その場に残った。あとの二人は退室してしまってこの部屋にはユーリとユリシア王の二人のみとなった。
二人きりとなって気まずい空気が流れていると思ったユーリは自分から何か話そうかと思っていたが、ユリシア王の方から口が開かれる。
「娘は小さい時からわがままを言わない子でね、よくできた子だったよ」
ベルニナの事を話し始めたユリシア王はどこか寂しげな眼をしていた。
「そんなあの子が初めて自分のしたいことを言ってくれた。…………娘を、守ってくれ」
「俺にあんま期待しないで下さいよ。まぁやるだけやりますけど……」
ユリシア王の頼みを茶化しながら答えたユーリはそのまま部屋から退室した。
こうして青年は再びギゴラス討伐へ赴くことになる――――。
王国の名前変えました