第一章6 青年は年下に決断を迫られる
ユーリは見知らぬ部屋で目覚めた。体を起こし目線を知らない天井から部屋の中を見渡すように動かした。部屋は個室にしては広くベッドに机、それにクローゼットがあるだけのつくりになっていて、床には絨毯が敷かれていた。
記憶が曖昧なのか、なぜこの部屋で寝ていたか分からないユーリは眠る前、何をしていたか思い出すように考え、そしてギゴラスのボスを倒し意識を失ったことを思い出した。アンネリーゼが心配になり探しに行こうと立ち上がろうとした時、ドアが開かれた。
「おぉ、ユーリ。目が覚めたのか」
アンネリーゼが部屋の中に入ってきて、ユーリが目覚めているのを見て声をかけた。彼女はそのままベッドに歩み寄り机にある椅子を手元に寄せ座る。
「医療術士が一通り治療してくれたがまだ痛むところはないか?」
ユーリがアンネリーゼの無事な姿にホッと胸を撫で下ろしていると彼女のほうから声をかけられた。ユーリは自分の体を確認してみると、ボスに握りつぶされ折れていた腕が治っていた。どうやら寝ている間に治療術士、回復魔法に特化した魔術師、によって治療されたようだ。アンネリーゼのほうにも目を向けると、彼女の怪我も治療されたようで問題なさそうだった。
「あぁ、大丈夫だ。それより、あの後なにがあったか聞いていいか?」
ユーリはアンネリーゼに自分が気絶した後のことを聞いた。それも――。
「それは別にかまわないんだがとりあえず、服を着てくれないか?」
パンツ一丁で。
-----------
――ユーリはアンネリーゼが持ってきた自分の服を着て、ベッドに腰掛け改めてアンネリーゼにさっきと同じ質問もした。ちなみに、着替えている間は彼女は部屋の外で待機していた。
「それで俺が気絶してたときの事って?」
「あぁ。あの後、将軍が何人かの兵士を引き連れて救援に来てくれた。そのまま、討伐部隊と合流して王都に帰還したよ。近衛兵に私、それと君はこの王城に運び込まれ、治療術士の治療を受けて療養中だ。ちなみに今は一夜明けた朝になる。質問はあるかい?」
アンネリーゼの言葉を吟味し、ユーリは状況を整理していた。アンネリーゼを助け、ボスを倒し気絶。ここまでは問題は無い。だが、問題はそのあと、王城で治療術士に治療してもらい、かつ王城で一泊しているという状況だ。
王城お抱えの治療術士による治療。それは外部の人間が施してもらうのにはかなりの金額がする。それこそ、一回の治療でユーリの何か月分の生活費になるか。
アンネリーゼはユーリが頭を抱え悩んでいる様子を見て、察しがついたのか溜め息を吐いてユーリを諭した。
「別に治療費は取られないから心配しなくても大丈夫だよ。それにこっちが報酬を出すほうだからね」
「報酬?」
アンネリーゼの言葉をそのまま返し、ユーリは今回の討伐での自分の役割を思い出した。ギゴラス討伐に同行し、武器の運搬をギフトで手助けすること。しかし、ユーリは気絶してしまって帰りの分の依頼を達成していない。
「報酬なんてもらっちゃってもいいのか? 帰りの分は出来てないし気絶してたしで、ぶっちゃけお荷物だったろ」
「そんなことはないさ。君は私達と姫様の命の恩人だからね。無下に扱えば騎士の名を汚す」
アンネリーゼの言った『私達』とは近衛兵のことだろう。兵士達とベルニナのことを一緒にしないことが彼女の忠義を表している。
「それに、君には勲章が与えられるそうだ。姫様を守り、ギゴラスのボスを討伐した功績でね」
今回、ユーリがもらえるのは名誉勲章といって、騎士団に所属していなくとも与えられる勲章で、冒険者が武勲を立てた時に与えられるのは、この名誉勲章になる。
「勲章かぁ。俺、式典の作法とかわかんないよ。あと、王様に謁見するとか緊張するな」
「心配しなくとも、今回もらえる勲章は下級のもので、式典は略式されるし、謁見できるのは陛下ではなくベルニナ王女様だ」
「そうか、ならよか……、ん? 王女様?」
またしても、アンネリーゼの言葉をそのまま返し、疑問を口にしたユーリ。
「あぁ。実は――」
「その先は私がお話しするわ。アンネ」
アンネリーゼの言葉を遮り、扉のほうから声が聞こえた。ユーリとアンネリーゼが首を向けると、そこには金髪の少女、ユリシア王国第三王女、ベルニナ・ヴァル・ユリシアが立っていた。
「ベルニナ様!!」
アンネリーゼが驚いた声でベルニナを呼ぶ。
ベルニナはつかつかと足を進め、ユーリの前まで歩み寄った。そして、手を体の前で重ね、深く頭を下げた。
「此度は命を救われ、真に感謝します。私はベルニナ・ヴァル・ユリシア。この国の第三王女になります」
ベルニナはユーリのお礼をし、続けて自己紹介をした。ユーリはかわいらしい顔をしたベルニナに頬を赤く染めて、見とれていた。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない! えっと、俺はユーリ。ただの冒険者だ。王女様を救うつもりじゃなくて、アンネリーゼを助けたつもりなんだけどな」
ベルニナが黙って見つめていたユーリに首をかしげ、ユーリは誤魔化し、自分も名乗り返した。軽口をたたきながら。
「それで、ベルニナ様。なぜここに?」
お互いの自己紹介が終わったところで、アンネリーゼが会話に割り込みベルニナに質問した。
「アンネ。私は彼と少しお話がしたくて。それで、この記章を渡すのを引き受けたのよ」
そういってアンネリーゼに微笑むベルニナ。しかし、アンネリーゼには彼女が何か企んでいるのが分かった。そして、目で邪魔をしないでと訴えているのも。
ベルニナが掌を開いてアンネリーゼに見せると青銅の丸い記章があった。今回、ユーリに与えられる勲章の証である記章だ。名誉勲章の最下級、青銅勲章だ。ただ、最下級といえど、与えられるのは難しいのだ。
「分かりました。ただ、この場で執り行うのですか?」
アンネリーゼが諦めたかのように頷き、ベルニナに聞いた。勲章の授与をこの場でするのかを、だ。
そのことが分からないユーリは話についていけず、二人の会話に入り込むことが出来ない。
「えぇ。……ユーリ様」
「っ! どうした?」
ベルニナがアンネリーゼに返事した後、ユーリを読んだ。ユーリは突然呼ばれ、驚いたような声をあげた。
「今回、私を助けてくれたこと、そしてギゴラスのボスを討伐してくれた武勲の勲章として、この記章を授けましょう。あなたの働きに感謝します」
ベルニナはそういって記章をユーリに差出し、もう一度お礼を言った。
「あんまり実感は無いけど光栄の至りってやつなのかもな」
ユーリは冗談を言いながら、記章を受け取った。その後続けて……。
「でも、こんなもんより俺はお金が欲しかったりするかな、って言ってみたり……」
「もちろん、勲章にも報酬は出ますよ。アンネリーゼ、持ってきてくれる?」
ベルニナはアンネリーゼに言うと、彼女は「はい」と返事をし一旦退室し、戻ってきた時には袋の乗った台座を持っていた。
アンネリーゼがそのまま台座をユーリに向けると、ベルニナが彼に手に取るように促した。ユーリが袋を手に持ってズシリと重い感じる袋の中を確認すると、中には金貨が金貨がたくさん入っていた。
「おぉぉ!!」
思わずユーリは感嘆の声をあげる。そしてベルニナに顔を向けた。
「こんなにもらっちゃってもいいのか!?」
「えぇ。今回の依頼の報酬と勲章の報酬。あわせてそれになります。受け取ってください」
ユーリの疑問にベルニナは笑顔で答えた。その後、彼女の雰囲気が変わった。
「……これで略式ではあるけど式典は終わりね。ここからは個人的なお話になるけど、......ユーリ。あなた、私の家来になりなさい!!」
「……は?」
態度と口調が急に変わったベルニナに言われた言葉に、ユーリは時が止まった感覚を覚えた。
「あなたのことは軽く調べさせてもらったわ。四年前から冒険者ギルドに所属する十九歳。武器をアクセサリーに変えるギフトを持っていて、そのギフトを使って各地へ出向く行商人に同行し、日銭を稼いでいる、と」
呆けて黙ったままのユーリを差し置いてベルニナは続ける。
「今の暮らしをこのまま何年も続けるより、私の家来になったほうがいいと思うわ。どう?」
「ちょ、ちょっと持ってくれ。何で急に俺を家来に?」
「私にも理由があるわ。でも、あなたが承諾しない限り話せない。それと、待てないわ。私には余り時間が無いの。今、ここで家来になるか、ならないかを決めなさい。言っとくけど、断れば二度とチャンスは無いわ。…………私にとっても」
ユーリにはベルニナの最後の呟きが聞こえなかった。
突然のことで頭が回らないユーリは落ち着くために一度深呼吸して、目を瞑った。目の前にいるベルニナの思惑が何なのか分からないが、何か企んでいると思ったユーリは、一度断って相手の出方を見るために断ろうとして、目を開けた。
「悪いが……ッ!」
目を開け、ベルニナの顔を見て、声が詰まってしまった。
ベルニナは悲しそうな目をしていて、何かに縋るような表情をしていたのだ。そんなベルニナの表情を見たユーリは――――。
「……わかったよ。家来になるから、そんな悲しそうな顔すんなよ」
ユーリがそういって承諾するとベルニナは笑顔になる。その後、頬を赤くして顔を背けた。
「わ、私は悲しそうな顔などしていない!」
「それでお姫様。俺を家来にして、どうなさるおつもりなんです?」
ユーリがベルニナの可愛らしい反応を無視してベルニナに聞いた。
「うむ。詳しい話は後にしてとりあえず行くわよ」
「ちょ、おい! 行くってどこに?」
歩き出したベルニナを呼び止めて、ユーリはベルニナに聞いた。ベルニナは振り返り答える。
「どこって、お父様のところによ」
ギゴラスのボスを下した青年が、次に対面するのはユリシア王国のトップ。現ユリシア国王となった――――。