第一章4 無謀にも青年はボスと対峙する
将軍を睨むギゴラスのボスを五人の兵士が囲んだ。しかし、ボスは変わらず兵士の奥にいる将軍をまっすぐと見据えていた……。
ボスの真後ろにいる兵士が持っているメイスをボスの右足の膝裏に叩き込んだ。鈍い音が響き、兵士は確かな手ごたえを感じ、ボスに膝をつかせること確信した。だが、ボスは直立不動のままメイスを叩きつけた兵士を見下していた。
見下しているボスと目が合った兵士の背中に悪寒が走った。すぐさま後ろに下がり、ボスの攻撃範囲から逃れようと地を蹴ろうとする――。
だが、兵士が一歩目を踏み出すより前に、ボスの棍棒が大きく振るわれた。兵士はとっさに盾を構え、少しでもダメージを減らそうとした。しかし、ボスの豪腕による一撃に耐え切れず、大きく吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされた兵士は、ボスを囲んでいた別の兵士の頭を飛び越え、背中から地面に体を打ち付けた。仲間が駆け寄り安否を確認したが、意識を失っていた。彼の盾は大きくへこみひび割れがあり、それを持っていた彼の左腕も骨折していた。
その様子を見ていた将軍は大きな声を上げた。
「こいつの攻撃は食らうな! 食らえば一撃で意識を持っていかれるぞ」
そう言いながら将軍は盾を構える兵士の前に出て言葉を続けた。
「こいつはわしにまかせて、お前たちは他のギゴラスにあたれぇ!」
将軍は兵士たちでは太刀打ちできないと踏んで、一人でボスと戦うことにした。彼は持っている両手斧を強く握り、構えた。ボスも構えた将軍を見て棍棒を構えた。向き合う一人と一匹の間に、緊張感と重い空気が流れた。
その空気を読むかのように兵士たちはボスから離れ、他のギゴラスの討伐に向かって行った。そこには将軍とボスのみが向かい合っていた。
――静寂が辺りを包んだ。しかし、それも一瞬で次の瞬間には将軍は前に飛び出していた。それと同時にボスも前に踏み込む。二歩三歩と前進し、両者の距離が縮まっていく。
ついに距離がなくなり、両者が衝突する直前。ボスは棍棒を振り落とした。反対に将軍は両手斧を振り上げた。
両者の間に棍棒と両手斧がぶつかり、すさまじい音と衝撃が辺りに響いた。
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ユーリとアンネリーゼが将軍の元についたのは、将軍がボスと戦い始め少し経ってからだった。ユーリは目の前で戦っている将軍を見て驚いていた。
一人の大男が、自分の倍はある巨体のボスを相手に両手斧と棍棒を打ち合い続けている。力のみで振るわれる棍棒に対し、両手斧もまた力で返していた。技術も読み合いもない純粋な力勝負。それをボスを相手に将軍は互角に渡り合っていた。
「いやいや、いくらなんでもありえねぇだろ。あれと互角に打ち合うってどんな筋力してんだよ!」
「君がそう言うのも分かるがあれがバース将軍のギフト。威力を増幅させる"粉砕"だよ」
「ギフトに名前なんかつけてんのかよ……」
「まわりが勝手に呼んでいたら浸透したのだよ。ちなみに、私のギフトには名前はないぞ。最近授かったものだからな」
「俺なんか四年も使ってて、使い潰しても名前なんかねえよ」
話が脱線し、軽口を叩き合ってる二人。だが警戒はといておらず、戦いを見据えていた。
しかし、次第に状況に変化が見られた。将軍の額に汗が浮かび、力負けしているのか後退していく。それもそのはず、常にギフトを使い続け、一合たりとも気の抜けない状況なのだ。
このままずるずると打ち合いを続けてると確実に負けると将軍は悟った。
そしてついに、将軍が仕掛けた。振り落とされる棍棒に対し、横から両手斧を振り当てた。棍棒の軌道は横にずれ、地面を強く叩きつける。その間に将軍はボスの懐に入り、どてっ腹に渾身の一撃を叩き込んだ――。
しかし、その一撃がボスの腹に命中することなかった。両手斧の柄の部分がボスの手に掴まれ、当たるぎりぎりで止められていた。動きの止まった両手斧目掛け、ボスは棍棒を下から振り上げた。同時に掴んでいた斧を柄を離し、棍棒は両手斧を弾き飛ばした。
「しまっ――」
武器を失った将軍は咄嗟に声を出した。そんな将軍にとどめとばかりに、ボスは棍棒を上に掲げ、振り下ろした――。
ボスが棍棒を振り下ろす直前、目の前をぼんやりとした光が通り過ぎた。その光にボスは一瞬だけ意識を向けた。その隙に、振り下ろした棍棒に横から強い衝撃を受けた。衝撃によって軌道が逸れ、棍棒は将軍の横の地面を叩き殴った。
ボスの耳には地面を殴った音と同時に、微かに虫の羽音が聞こえた。次の瞬間には、腕が深く切られ血が噴出しいるのに気が付いた。立て続けに持っていた棍棒が一瞬重くなるのを感じる。
目の前には棍棒を踏み台にしたユーリが、ボスの頭に大剣を振りぬこうと飛び掛っていた。
――ユーリとアンネリーゼは将軍が両手斧がはじかれた瞬間に走り出していた。
アンネローゼはギフトを発動させ、剣が羽音を出しながら振動を始めた。ユーリは銀のプレートネックレスを掴み、呪文を小声で唱えていた。
ボスが棍棒を振り上げた時、ユーリは唱えていた魔法を発動させた。彼が発動した魔法――"サーチライト"。辺りを照らす光魔法がボスの顔を横切り、ボスの意識を僅かに逸らした。そのままユーリはネックレスを大剣へ戻し、棍棒を横から斬り軌道をそらした。
アンネリーゼはボスが地面を叩き付けた時、その腕を振動した剣で切り裂いた。腕を斬られ、硬直したボスの棍棒に足を掛けたユーリは跳びかかり、白い大剣を振りぬいた――。
頭を横から殴られたボスは、頭を押さえ僅かに後退した。そうしてボスと三人の間に再び距離が生まれた。
「どうして今ので決めれない!」
アンネリーゼはユーリにボスの頭を潰せなかったことに声を大にして文句を言った。
「しょうがねぇだろ! これは盾代わりで、刃だって潰してんだよ。軽い、硬い、切れない、の三拍子が売りなんだよ!!」
ユーリも冗談を交えながら言い訳した。
ユーリの大剣には切先もなく刃もない。白い長方形の形をしていた。鉄とは違う金属を使って作られたため、軽いのに固い性質を持っている。
「三つの内の二つが大剣にとって致命的ではないか」
アンネリーゼはユーリの冗談に頭を押さえながらツッコんだ。そんな会話をしている間に将軍が武器を拾い構える。続けて二人に口を開いた。
「二人とも助かった。奴はこの大群を率いてるだけあってかなり強い。すまんがこのまま手伝ってもらいたい」
「もちろんそのつもりです」
「あんま期待すんなよ」
将軍の声にアンネリーゼは答え、ユーリも軽口で返した。
簡単に言葉を交わしていると、ボスが腕の筋肉を膨らまし止血していた。それが終わると再び戦闘体勢に入る。その様子を見たユーリは二人に対して自分の作戦を伝えた。
「おい、俺があいつの膝を崩すから二人で止めを刺してくれ」
ユーリの提案にアンネリーゼは反対した。
「危険だ! さっきのようにうまくかわせるとは限らない」
「いや、あと一回だけなら凌げる。だから、一発で決めてくれよ」
ユーリはかわせるではなくしのげると言い、それができる確信があった。そのことに気づいたアンネリーゼはユーリを信じてみることにした。
「わかった、君を信じよう」
そう言いアンネリーゼは剣を構え、集中し始めた。将軍のほうもギフトが使えるのはあと一回が限度らしく、最後の一撃のために集中した。
作戦が決まるとユーリはボスに向かって駆け出した。大剣の持ち手を右上に切先を左下にして、受け流す構えをとっている。そして再び小声で呪文を唱え始めた。ユーリの後ろを二人が遅れて駆け出した。
ボスは棍棒を斜め上からユーリの大剣に直角になるように振り下ろした――。
ユーリは棍棒が振られる直前で大剣をアクセサリーに変える。剣の重みがなくなり彼は加速し、ボスの左側を駆け抜けた。丸太ほどの太さがある棍棒が頭の上を撫で、風を切る音がユーリの耳に聞こえた。
ボスは逃がさまいと体を反転させようとして……、出来なかった。ボスの足首には何か掴まれた感覚があった。足元を見ればユーリの影から生えた黒い手がボスの足首を掴み、足を地面から離さないようにしていた。ユーリの使った"シャドーハンド"という闇魔法だ。
ボスは背中をユーリに見せたまま、反転できずにいた。
ユーリは即座にプレートネックレスを大剣に戻し、ボスの左膝裏に叩き込む。同時にシャドーハンドを解除し、ボスの足が地面から離れた瞬間――。
ボスは脚の後ろから衝撃を受けそのまま膝をついた。
次にアンネリーゼはギフトを発動し、ボスの胸を斜めに二閃、十字に切りつけボスの右側に駆け抜けた。ボスの胸から血が勢いよく噴出した。
最後に将軍が両手斧を構え突進してきていた。それを見たボスは大きな声を上げて威嚇した。しかし、将軍は臆することなく進み、アンネリーゼがつけた傷の中心、心臓めがけ今度こそ渾身の一撃を振り抜いた。
ボスの胸は大きく斬り裂かれる。口からは血を吐き、上半身を後ろに仰け反らせ地面に倒れ、沈黙した。
倒れたボスを見て、ユーリは終わったとばかり脱力した。アンネリーゼも剣を鞘にしまい息を整えた。
そして将軍は斧を空に掲げ、大きな声で叫んだ。
「ギゴラスのボスは討ち取った!! 勝ち鬨をあげよぉ!!」
将軍の声が草原に響き、そのあとに叫び声が上がる。将軍は続けて大声で指示を飛ばす。
「一匹たりとも逃がすなぁ!! 全員駆逐せよぉ!!」
そう言った後で、後方に振り返り指笛を吹いた。すると、馬車を引いていた馬の一頭が彼らの方に向かって走ってくると、そのまま将軍の前で止まった。将軍は馬に跨って二人のほうを向いて口を開いた。
「わしはこのまま前にでて指揮を執る。アンネと君は休憩した後でも残党狩りに協力してくれ。…………それと今回は助かった。ありがとう」
少しの無言のあと二人に礼を言い、返事も待たず馬を走らせて行った。
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ボスがやられた後、ギゴラス達の動きはバラバラだった。逃げ出す者をいれば、戦いを続ける者もいた。それでも時間が経つと、ボスの次に偉い奴がいたのか周囲の何体かをまとめ、戦いを続けるグループや逃げるグループが何個か出来てきていた。
将軍の指示で、討伐隊は戦ってくるギゴラスに集中し、逃げるギゴラスには斥候を送りどこに逃げたかを確認するだけにとどめていた。
ちょっとだけ休憩を挟んだユーリとアンネリーゼは前線に向かっていた。アンネリーゼは他の者が戦っているのに自分だけ休むわけにはいかないという理由で。ユーリは稼げるときには稼いでおこうと理由でだ。
暫く走っていると街道のほうから一人の兵士が走ってきて何かを叫んでいる。それに気づいたアンネリーゼはユーリに停止を呼びかけ立ち止まった。
兵士が二人の下へたどり着き、息を荒くしながら叫んだ。
「アンネリーゼ殿! た、大変であります。ベルニナを乗せた馬車が、逃げたギゴラスに襲われています!!」
「なんだと!!?」
報告を聞いたアンネリーゼは大きな声をあげた。
ギゴラス討伐はまだ終わらない――――。