第一章3 地味に青年は戦場で役に立つ
足首までの伸びた草が続く草原。
そこに激しい地響きと怒号がギゴラスの耳に聞こえた。何匹かのギゴラスは音の鳴る方へ首を向ける。すると遠く方から何かがこっちに向かって来ているのが見えた。
大きな一つ目を凝らし、近づいてくるものの正体を確認してみる。それは縦長の大盾が、何個も横に並んでギゴラスの群れに突っ込んできている光景だった。
それが敵襲だと分かるとギゴラスは後ろを振り返り大きく鳴いた。
敵襲を知らせたギゴラスは再び前を向いた。後ろでいくつも同胞の鳴き声が聞こえる。このまま群れの中心まで木霊するのを確信し、迫り来る獲物を迎撃するために手に持った棍棒を強く握り締めた。
獲物との距離が近づいていき、その中の一人に標的を決めた。大きな一つ目の視界の中心に獲物を捕らえる。
そのまま走り出し棍棒を大きく上げ、叩き落すかのように獲物の構えている大盾に振り落とした。
大きな音が響いた。しかし、それは鉄にぶつかるような甲高い音ではなく、鈍く何かが砕けた音だった。その振動が振り下ろしたギゴラスの足まで伝わった。
ギゴラスが振り落とした棍棒は大盾には当たらず、地面を叩き砕いただけであった。そして棍棒の先のに変わらず大盾を構えている獲物がいた。ギゴラスはその光景に目を僅かに見開いた。すぐさま次の攻撃に移ろうとしたが、左足に強い衝撃を受ける。そのまま膝をついてしまった。
なにが起きたの顔を上げて確認しようすると、目の前に鉄の塊が勢いよく迫ったのが見えた。これがギゴラスが見た最後の映像だった。
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先頭にいたギゴラスの頭を両手斧で砕いた将軍はその場に立ち止まり大きな声で指示を飛ばしていた。
「必ず五人以上でかかれっ! 深追いするなよ、もろに食らえばミンチだぞ!」
その声に反応した兵士たちは「おぉう」と野太い声をあげる。大盾を持った兵士たちがギゴラスを囲み、的を絞らせないように立ち回り入れ返りで足を崩しにかかる。
一人の男の槍がギゴラスの死角か膝裏に突き刺さり、ギゴラスは膝をついた。その隙を逃すはずもなく、他の兵士がメイスで低くなった頭を滅多打ちにする。メイスの打撲音が十もいかないうちにギゴラスは息絶え地に伏した。
そんな光景があちらこちらに見える。それでも数が減らず草原の奥から走ってくるギゴラス。荷馬車のあるところからそんな戦場の光景を見据えてたユーリは息を切らしながら独り言のように口を開いた。
「こうして見てると終わりがみえないな。どんだけいるんだよ」
「斥候の話では五十は超えているそうだ。それに体が一回りでかいボスも確認されているようだ」
ユーリのつぶやきに返事をしたのはアンネリーゼだ。彼女は先ほど自分も戦いに出ると言ったユーリを見て、溜息を吐いた。
「ほんとに戦いにいくのか? 君の仕事は武器を小さくしてくれるだけでいいし、死なれると帰りの運搬が困るんだが」
そう言い、ユーリに注意を促す。
「ちょっとこの前の買い物が響いて金欠だから少しでも多く稼ぎたいんだよ。大丈夫。俺って戦闘が得意じゃないけど、身の危険には敏感だから危なくなったらすぐ撤退するよ」
「それは男として恥じたほうがいいんじゃないか」
ユーリの軽口にアンネローゼはこめかみを押さえて返事した。彼女はそのまま彼に顔を向け口を開いた。
「なら私も同行しよう。私が依頼した冒険者が目を離した間に死なれては夢見が悪いからな」
そう言って、自分の腰にある鞘から剣を取り出した。
ユーリは剣を取り出したアンネリーゼの姿に目を見開いていた。
「アンネリーゼは槍とかメイスを使わないのか? 言っちゃ悪いが、剣だとギゴラスの堅い肌には相性が悪いと思うんだけど……」
アンネリーゼにそう注意しながらユーリは腰にある矢筒を確認した。自身の左手にあるブレスレット、真ん中が細い銀色のバンクルに意識を集中させる。ブレスレットが一瞬光ると、その形を弓に変え、彼の左手に収まっていた。
「心配には及ばなくても、君にもあるように私もギフトを授かっている。その力を振るうのに槍や鈍器では不都合でね。君こそ弓矢ではギゴラスの皮膚には傷つけられないぞ」
「これで気を引くんだよ。そろそろいくぞ」
ユーリが会話を打ち切り、走り出した。その後ろをアンネリーゼが遅れて走り出した。二人が目指すのは将軍が闘っているところだった。
将軍の左奥から二体のギゴラスが来ている。並走しながら将軍に向かって走ってくるギゴラスの左側に標準を定め、ユーリが矢を放った。
ユーリの放った矢はギゴラスの牙に当たる。それに怒ったギゴラスは標的を将軍からユーリに変え、突っ込んできた。ユーリは一匹が自分に向かってくるの確認したら、アンネリーゼ向けて叫んだ。
「釣れた! このまま引き離すぞ!」
と叫び、進路を左に変える。そのまま将軍から離れていった。
ユーリたちが走る速度よりギゴラスのほうが速く、距離はぐんぐん縮まってきていた。しかし、ユーリはギゴラスにとどめをさしてる小隊を発見し、大きな声を上げた。
「一匹おびき出した! 悪いが手伝ってくれ」
小隊の前で振り返り、背中越しに救援を呼びかけた。その声に返事をした兵士は大盾を構えながらユーリの前に出て、ゴギラスの向き合った。
ギゴラスが走ってきた勢いを棍棒に乗せ、振り下ろした。それが大盾にぶつかり甲高い音をたて兵士はうめき声を上げ二歩、三歩と後ずさった。
ギゴラスはそのまま持っていた棍棒から手を離し、大盾の兵士に肩からのタックルをぶつけた。踏ん張りのきかない体勢からタックルを受けた兵士は後ろに吹っ飛ばされた。
ギゴラスの瞳が次はお前だといわんばかりにユーリを睨み付けていた。その眼光に萎縮したのかユーリはとっさに動けずにいた。
ギゴラスが太い腕を振り上げユーリに拳が迫りーー。
「私を忘れてもらっては困るな」
ーーアンネローゼが呟きが聞こえた。
振りぬいたはずのギゴラスの拳が、腕が肘からなくなっていた。ユーリの後ろで何かが落ちる音がした。それは間違いなく切り落とされた腕だろう。
ユーリとギゴラスの間に立っているアンネリーゼ。その手に持つ剣には血がついておらず、虫の羽きり音が聞こえていた。
腕をなくしたギゴラスは傷口を押さえ叫び声をあげて、そのままアンネリーゼをにらめつけた。ギゴラスの腕が握りつぶすかのようにアンネリーゼに迫ってきている。
だがアンネリーゼはその腕を下から剣を振り上げ、そのままもう片方の手も両断した。
ギゴラスが驚愕した表情のまま、目を見開いてる。その間にアンネローゼは飛び上がり、剣をギゴラスの首めがけ振り抜いた。
ギゴラスの頭と体が切り離された――。
アンネリーゼは剣を鞘にしまい込み、ユーリの方に振り向いた。
「怪我はないか?」
「あぁ大丈夫。ってかあんた強いんだな。どうやって斬ったんだ?」
ユーリは今の光景を見て、茫然としていた。続けて、疑問をそのまま口にした。
「今のが私のギフトの力、というわけさ。剣を振動させ切れ味を上昇させる力さ」
「そ、そうか」
アンネリーゼの説明を聞いて、ユーリは目を丸くしていた。両腕と首を斬り裂いたのがギフトの力だとしても、彼女は素の身体能力でギゴラスの懐に入り込み、剣を振ったのだ。
彼女のその身体能力の高さにユーリは驚いていた。
その後、吹っ飛ばされた兵士の無事を確認した。兵士に目立った怪我はなく、彼の小隊はまたギゴラスを討伐するために駆けて行った。
「一度、将軍の所に戻ろう」
そう発言したのはアンネリーゼだった。ユーリは断る理由もなく、頷いて了承した。
しばらく走っているとユーリは何かを見つけた。彼は後ろから追って走ってくるアンネリーゼに声を掛けた。
「おい、アレ!?」
「間違えなさそうだな。あれがこの群れのボス」
ユーリの曖昧な問いかけにアンネリーゼは頷き、遠くに見える異質の存在を見据えた。
異質の存在。それは他のギゴラスより一回り大きく、体中に血で書かれた赤黒い模様のあるギゴラス。
このギゴラスを群れを率いるボス。それが、将軍と向き合う形で対峙していた。
――青年はこうしてギゴラスのボスと戦うことになる。