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名前がわからなくても自己紹介は大事でしょう

アイスクリームを女性にあげたら、がっつり食われました。

肉食系女子ではなく、甘食系女子って奴ですか

 アイスクリームを食べている間中、一瞬で食べ終わった女性から受ける無言のプレッシャー、まあもっと寄越せというオーラに負けて、ぼくは食べながらカップアイスの生成をさせられる事になった。

 それでぼくが一つのカップアイスを食べ終わる頃には、土の地面に空のカップが五個転がっていた。


 これだけで日本だったらお札が二枚飛んでいく。

 ああ、やっぱりぼくは名前だけみたいだな。

 他はちゃんと日本で生活していた知識が残っている。

 何で名前だけが抜け落ちているのかわからないけど、別にお菓子を作って食べる上で必要なことじゃない。


「この世の中に、こんなにも美味しい物があったなんて、生まれて初めて知りました。死ぬ前にこんなに美味しいものを心ゆくまで堪能できたので、迷うことなく天に召される覚悟が固まりました。名も知らないお方、ありがとうございました。これからお見苦しい物を見せることとなりますので、どうぞお引き取り下さい」


「いやいやいや、これだけ付き合って、はいそうですか、って踵を返して立ち去れるほど、ぼくは薄情じゃないよ。というか、ぼくにとって、あなたはこの世界で知り合った最初の知り合いなんだから、いきなり死なれたら、それこそ困る」


 女性はぺこりとお辞儀をぼくにしてから、転がっていた踏み台をロープの下に戻して、また踏み台に足をかけようとする。

 それをぼくは言葉で押しとどめると、女性は首を傾げている。


「困る、のですか?私があなたに差し上げられるものなど、身体以外にありませんし、見ず知らずの方に食べ物をいただいたからといって、身体を捧げるのはやりたくありません。私が命を絶った後でしたら、好きなようにされると良いです」


「お願いだから、ぼくをそんな鬼畜にしないで。別に何かを欲しいってわけじゃなくて、この辺りの地理だとか、君の住んでる村だっけ。それを教えてもらうのでもいいし、ここに来たばかりで、ぼくは何もわからないんだよ。ああ、だからって、ぼくに色々と教えた後で死ぬのも無しにしてくれよ。君の抱える問題、村が抱える問題、話を聞かせてもらえれば、もしかしたら何か手助け出来ることもあるかもしれない」


 ぼくがあらためてお願いすると、女性は死ぬのはいつでも出来ますし、とでもいうように踏み台から足を下ろしてくれた。

 ほっと安心して一息ついたところで、部屋の作りを見る余裕が出来た。


 壁は薄茶色の土壁で、地面は土の地面が剥き出しになっていて、天上は太い木の梁があって、それを藁のような草が編まれてかけられているように見えた。

 入り口にはドアも何もなくて、申し訳程度に簡単な作りの衝立が置いてあるだけだ。

 部屋の隅にはかまどらしきものがあって、これは火が広がらないようにという意味合いで、煉瓦がコの字型に積まれている場所があるだけで、その中に灰が積もっている。


 一体この部屋のどこで寝たり食事をしたりするのかと思うと、竈から対角線に位置する部屋の隅が、板間のようになっていた。

 単に木の足場の上に板きれを乗せただけというものだったが。

 その板間の隅に薄汚れた黄色っぽい布がうずたかく積まれた何か丸っこいものを包み隠していた。

 布の下の方が多少床から途切れて中身が見えていて、藁か何かの草だ。


 あれを板間に敷いて布団の代わりにするのかもしれない。

 文化レベルは中世と聞いていたが、ちょっと酷すぎないか。

 何かこう、戦国時代の農村にある小さな家ってレベルだ。


 物珍しそうな目線で、あちこち見ていたぼくの様子を見咎めもしないで、女性は板間に向かい、そこに腰掛けた。


「それにしても、あなたは変わっています。あんなに美味しい物をたくさん出す魔法を使えるし、旅人さんが着ているようなしっかりとした作りの服を着ているのに、何も知らない様子で珍しい物なんてないはずの私の家を真剣に見ていますし」


 女性にそう言われて、ぼくは自分の服装を指で引っ張ってみたりして確かめた。

 ちゃんと上下でズボンとシャツに分かれているようなもので、肌触りが若干荒っぽいざらざらとしたものだから、麻かなと判断した。

 色は下が黒で上が紺色。

 ズボンは紐で縛る形になっていて、靴は丈夫な動物の革で出来た紐ブーツだった。


 ここで腰に剣でも差していれば、どこかのファンタジー物の剣士や冒険者に見えるのかもしれないが、ぼくはそんなものになるつもりもない。

 剣を腰に差すぐらいなら、ケーキサーバーでも装備するね。


 腰にケーキサーバーを装備していれば、いつでもケーキを取り分けることが容易になる。

 それが常に手元にあれば困ることがなくなって便利だ。


「あっ、そういえば、色々と慌ただしくて自己紹介がまだでした。私の名前は、ケリィといいます。この村はロッソという村で、ドナテーロ男爵領にある小さな村です。国はキャリル王国といいますが、私は村から一度も出たことがないので、どこに王都があるかわかりません」


 ケリィさんと名乗った女性は、別にタイミングを計っていたわけではないのだろうが、ぼくがふと振り返って、ケリィさんと視線がかち合った時に、自己紹介をしてくれた。


「あ、これはどうもご丁寧に。ぼくは・・・・・・テネストと呼んでくれればいいかな。年齢は今年で二十六だったはず。見た目通り、あまり腕力があるわけでもなく、お菓子作りが趣味というだけの元会社員だよ」


 テネスティ、まあ執着だ。

 お菓子に対して執着を見せて、自分の名前を忘れても気にも留まらないぼくの心にはピッタリの名前だろう。


「テネストさん、ですか。でも、私よりも四つも上だったんですね。てっきり同じ年くらいかなあって思ってました」


 ケリィさんは、どうやら二十二歳のようだ。

 日本人は海外の人に比べると、彫りが深くない顔立ちのせいで、年齢よりも若く見られる傾向にあるとかいうことを聞いたことがある。


 ここの世界の人間は、まだケリィさんしか見ていないが、恐らくはヨーロッパ系の人種が多いのだろう。

 ケリィさんは、ぼくが大体175cmに対して頭一つ分は普通に小さく見える所からして150cm前後かな。

 まともな食事を摂れていないせいなのか、服から見える手も足もやせ細っている。

 髪の毛は若干赤が混じった茶色で、邪魔にならないようになのか、首の辺りでざんばらに切って無造作に流している。


 服は黄色の染色材料しか、この近辺にはないのか、薄い黄色の布地をしたワンピースを着用していた。

 足下には、申し訳程度のサンダルをはいているだけだ。


「えっと、私なんかじろじろ見て、何か気になることでもあるんですか」


 ぼくがケリィさんの事を観察していると、ぶしつけに見つめられるのは居心地が悪そうにして、少し頬を膨らませた。


「あっ、これは失礼。女性をじろじろと見るものじゃないね。じゃあ、座る場所も他にないし、隣に座ってもいいかな。この村の事情、ケリィさんの問題、それを教えてくれないかな」


 ぼくはケリィさんが腰掛けている板間に、少し間隔を空けて腰掛けた。

 恋人でも何でもないのだから、肌が触れ合うような距離に座る必要はないからね。


いつもお読みいただいてありがとうございます。


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