ピエロ
「ハッ……」
失笑が漏れました。
人生初にしてもう二度と書くことは無いであろう『遺書』を書き終え、筆を置くと共に失笑が漏れてしまいました。
こんな時でさえ、ふざけずにはいられない自分の道化根性に対する、呆れと自嘲の失笑です。
一体いつからでしょうか。
人の顔色ばかり窺い、何事も穏便に済ませようと、へらへらとしたニヤケ面を顔面に貼り付けるようになったのは。
多分、きっかけは妹。
小さい頃、妹は、人見知りで、いつも仏頂面して、俺がどれだけギャグを言ってもどれだけくすぐっても笑いませんでした。
それなのに、初めて家族で遊園地に行ったとき、大道芸をするピエロメイクの男を見て「馬鹿みたい」と呟いてくすりと笑ったんです。俺にとってはそのピエロの見た目は鳥肌が立つほど怖いものだったのに。
でも、その時笑った妹の顔が忘れられなくて、もう一度笑わせたくて、その時から俺はピエロになろうと決めたんでした。しかし、未だに妹を本気で笑わせることはできていません。
ピエロにすら徹しきれない偽物のピエロ。それが俺なんです。
まあでも、俺のような小物の人生には、こんなふざけた遺書がお似合いなのかもしれません。
例え乾いた笑いでも、悲しむ顔をされるよりはいいですからね。
ピエロは人に笑われるのは好きだけど、憐れまれるのは苦手なんです。
せいぜい、人生の最後は、失笑で締めくくられることのないように、残り少ない余生を生きようと思います。
俺はしたためたその紙を雑に四つ折りにし、部屋の机の引き出しの中にしまいました。