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 ―――どちらが上か、見せてやろうじゃない。


 執拗に行く手を遮ろうとする相手を、寸前で交わし駆け抜ける。次は左、斜め右、とボールを奪おうとする敵の行動を予測し、ショートドリブルですり抜けゴール近くにいる味方へとパスを送った。


 よし、シュート!と見守ったボールは僅かに外れてリングから弾かれ、高く舞い上がる。浮かび上がったボールを跳躍して掴み、片手でゴールポストの上から押し込んだ。ネットをくぐったボールは大きくバウンドし、白線の外へと勢いよく転がっていく。


「やったーーっ、実咲!」

「ナイスシュート」


 かけられる声に笑顔を返したところで、終了の笛が鳴った。辺りに響く勝利の音に、仲間同士でハイタッチを交わす。


「実咲、どうしたの?大活躍だったじゃない!」

「どうしたのとは失礼な。これが私の実力というものですよ」

「でもバスケ部のレギュラー3人をあっさりごぼう抜きだよ。アシストに徹してるかと思えば、ラストはシュートを決めるし」

「そうそう!あのジャンプの高さは凄いよ。あんなに跳べる子なんて、運動部でもそうはいないんじゃない?」


 重ねられる賛辞の声に、内心やり過ぎたかと反省をする。これでも動きをセーブしたつもりだったのだけれど、少々加減を間違えたらしい。


「どうせ、まぐれでしょ。あの子程度に負けるなんて、練習不足だったかしら」


 わざわざ聞こえるように皮肉を言うのは、私がディフェンスを振り切ったバスケ部レギュラーの内の一人だ。睨んでくるのはいつものことだけれど、こうもしつこく絡まれるとさすがに鬱陶しく感じる。


 その鋭い視線がふいに私から離れ、こちらに近づいてきた男子生徒へと向けられた。

「彼方君……!」

 厳しい表情を一転させ、蕩けるように甘く微笑んだ彼女は、サーチアンテナでも装備しているのだろうか。そのすばやい察知能力には恐れ入るばかりだ。

 そんな乙女な少女を一瞥もせずに、彼方は私の前へと歩いてきた。


「見てたぞ、実咲。すげーじゃん。どうしたんだ?」

「なぜ皆、素直に褒めずに疑問符をつけるかなあ」

「それはお前をよく知っているからだろう。運動神経が悪いとは言わないけど、可もなく不可もなくというところだからな」


 歯に衣着せぬ物言いで人の頭をぐしゃりと撫でる彼方は、私の隣のクラスだ。今日は球技大会で、クラス対抗のトーナメント試合をしている。


「彼方のチームは勝ったの?」

「当然だろう」

 ニヤリと笑うのが様になるのは、誰もが認める実力が彼方にあるからだろう。勉強も運動も、この従兄は卒なくこなす。人当たりも良く、誰からも好かれるタイプだ。それ故に、従妹である私はつまらないとばっちりを受けることがある。

 ちなみに今回もそのパターンだ。


 彼方に恋心を抱き、一方的に敵視してくる女子に係わっていられるほど、私は暇でも酔狂でもない。

 以前は鬱陶しいが故に避けていたけれど今は違う。敵意を向ける者は放置せず、害があるなら排除する。それが足元を掬われないための最善の方法だと経験上、知ってしまったから。


 ―――流されるな、意志を持て。

 あの世界で諭され、身に付いてしまったトラブル対処法は、もう元に戻ることはないだろう。

 今回の試合で少々やり過ぎてしまったのは、この片想い娘の嫌がらせに近いディフェンスが煩わしく、私の中で排除対象となったからだ。


「ねえ彼方君、そろそろ行きましょう?クラスの皆が集まり始めてるわ」

「ああ。じゃーな、実咲」

 彼方は腕を取ろうとする彼女をさりげなく避けて、クラスメイトの集合場所へと走っていく。振られた形になった女生徒が、眉間に深い皺を寄せて私を睨みつけた。

「アンタって本当にムカつく!たかが従妹のくせに大きな顔をしないでよっ」

 捨て台詞を残し、女生徒は踵を返して友人達の元へと向かっていく。


「大きな顔、ねえ……」 

 人に対してどうこう言う前に、まずは彼女自身が彼方ときちんとした人間関係を築く努力をするべきだろう。あの従兄は誠意のある人には、それに適した対応をとることができるはずなのだから。


 転がっていたボールを拾い、一度バウンドさせる。あの子の名前は確か……。

「工藤さん」

 大きめの声で呼ぶと、友人に囲まれ自分のテリトリーへと入った少女が不快そうに振り返る。その彼女の横にあるのは、ボールを入れる大きなアルミ製のカゴ。

「これ、片づけてくれる?」

 言いながら、ロングパスを送る。立ち話をしているいくつかのグループの生徒達の間をすり抜けて、ボールは工藤さんへと真っ直ぐに向かっていく。バスンと音を立ててボールを受け止めた彼女の身体は、勢いを殺せずに後ろへと下がり、背中から壁へとぶつかった。


「え……なに?」

「あそこからボールを投げたの?こんなに人がいる中で、この距離を?嘘でしょう」

 呟かれる周辺の声や呆然としている工藤さん達を横目で流し、授業の終わりを告げる教師の声に従って集合場所へと歩を進めた。


 帰還してからずっと身体に違和感があった―――その理由を私は知っている。


 この世界はあちらよりも空気が軽い。身体にかかる圧力が少ないのだ。だから身のこなしも軽くなるし、動きも早くなる。思わぬ副産物だ。

 平凡な高校生活を送るには、気を抜くとまずいことになりそうだけれど、でもそれを楽しむ余裕を持つぐらいが良いのかもしれない。


 体育館を出れば、一面に広がる空の青。吸い込まれそうなその色を見上げ、光の眩しさに目を細めた。

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