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「実咲、具合はどうなんだ。少しは良くなったのか」

 リビングに顔を出した彼方が、部屋に入る早々私に問いかける。

「大丈夫、もう元気だよ。学校も明日から行くつもり」

「そうか、良かったな」

「ありがとう。でもせっかくのGWが寝て終わったのは残念だったなぁ」


 カレンダーの赤い日付に、ちらりと視線を向ける。今日はGWの最終日だ。学校を休まなくて済んだのは幸いだったけれど、長めの休日と引き換えとなればそれは決して嬉しいものではない。肩を落とす私に、彼方が持っていた紙袋から何かを取り出した。


「そんな傷心なお前にこれ、買ってきてやったぞ」

「わあ、みのり屋のケーキ!さすが彼方くん、男前っ。ささ、どうぞこちらにお座りください」


 近所でも評判の洋菓子店の白い箱を受け取り、上機嫌で従兄を4人掛けのテーブルの椅子へと誘う。

 ほんと単純だよなぁなんて呟きは、この際聞こえなかったことにしておく。


 ホールのシフォンケーキを切り分けて、皿に乗せる。2人分のケーキをテーブルに置き、彼方の正面の席に腰を下ろした。

 柔らかいのに弾力のある生地にフォークを差し、口へと運ぶ。ふわりとした、この程よい甘さが堪らない。


「お前、本当に美味そうに食べるよな」

「だって、本当に美味しいんだもん。美味しいは正義だよ!」

「はいはい」


 呆れた声を出しつつも、私と同じペースでケーキを食べる彼方は甘い物好きだ。小さい頃からの付き合いだけに、食べ物の好き嫌いに限らず、お互いの思考や行動パターンなどすっかり把握済みである。


 コーヒーを飲む彼方に、「あのね」と気にかかっていたことについて切り出した。


「あの日は私を見つけてくれてありがとう。凄く助かった。でも……ごめんね」

「なに謝ってんだよ」

「だって、私のせいで迷惑をかけたから」

「熱があるのに無理をして、行方知れずになったのはダメだと思うけどさ。ワザとやったわけじゃないし、仕方ないだろう」

「あ、うん、心配をかけたのも申し訳ないと思ってるんだけど、そうじゃなくてね」

「なんだよ」

「彼方、あの後すごく怒られたんでしょう?」


 ぐふっ、と喉を詰まらせた従兄は咳き込むとコーヒーをテーブルに置き、じろりと私を睨んだ。


「どうして知ってるんだよ」

「聞いたから」

「誰にだよ」

「おばさん経由でお母さんから」


 あーーー、と片手で頭を押さえる彼方に、私としても頭が上がらない思いだ。


 あの日、私がまだ帰宅していないと連絡を受けた伯父と伯母は、「時間が遅いから留守番をしているように」と彼方を家において、学校近辺を探してくれていた。

 そこへ家にいるはずの彼方から、私を見つけたと連絡が入ったのだ。二人としてはホッとした反面、約束を違えて外に出た息子に大きな雷を落としたらしい。


「仕方がないだろう、家にいても落ち着かなかったんだから」

 横を向いて口を尖らせる従兄は、つくづく人が良い。ぶっきらぼうな物言いは彼の標準スタイルではあるけれど、そこにすら情の厚さが垣間見える。


「お前は方向音痴だし、本来の道順から外れて迷子になって、うろついているんじゃないかと思ったんだよ」


 いくら方向感覚のない私でも、一年以上通っている高校から家までの通学ルートを間違ったりはしない。

 そう突っ込みたいところではあるけれど、帰り道から外れた公園のベンチに座り込んでいたのは間違いないので、反論できるはずもない。


 ……とは言え、でも。


「思ったよりも、家に近かったんだけどなぁ」

「どこがだ。お前が帰る道からはまるっきり外れた場所にいたくせに、何言ってんだ」

 私の小さな呟きをしっかりと拾い上げた彼方に、むにんと頬を抓まれた。


 ―――でもさ、本当なんだよ。



 *****



「例えばそうですね、投げ縄を思い浮かべてみてください」


 どうして元の世界に帰してくれないのかと責める私に、裾の長い法服を着た紫色の瞳の青年が、柔らかな口調で説明をする。


「ターゲットを見つけた私が縄を投げ、貴女を捕まえました。そのまま手繰り寄せて、この世界へと呼び込みます。これを召還としましょう」

「はい」

「では今度は帰還のために、縄を付けた貴女を狙いを定めて投げます。放り投げられた貴女が、本来いた場所にピタリと戻れると思いますか?」

「いいえ……思いません」

「そういうことなんです」


 トップクラスの聖職者である彼の解説は、皮肉なほど分かり易かった。


 残念ながら帰還は簡単にできることではないのだと。ただ送り返すだけならば今すぐにでもできるけれど、召還された時の正確な時間と場所に戻すには、綿密な計算とあらゆる方策が必要なのだと。


 そう語る彼の言葉は曲げようのない真実で、為す術のない私はただ待つことしかできなかった。


 例え無事に帰ることができたとしても、それが私の世界では何年後になっているのか分からない。あるいはとんでもない場所に飛ばされるかもしれない。

 そんな帰還への恐怖は、ずっと私の頭から離れることはなかった。


 だから着地点が家から数キロ離れた場所で、時刻が数時間ずれていたとしても、そんなものは私にとっては誤差の内にも入らなかったのだ。


 何年も当てもなく私を探して心配し続ける家族を、親戚を、友達を想像し、苦しさに泣いた日々が無駄に終わって本当に良かったと思う。

 あんな、狂わんばかりの想いをするのは、私一人でたくさんだから。



 *****



「これからは、具合が悪いようなら無理をしないで誰かに頼れ。俺に連絡がとれるなら、真っ先に相談しろ。歩けないようなら、おんぶぐらいしてやるから」

「えっ、おんぶってなに?それを言うならお姫様抱っこでしょう」

「そんな恥ずかしいことができるか!俺の体力のなさ、舐めんな!」

「その恥ずかしいっていうのは、潰れるのが前提だから?」

「当たり前だ!幼児ならともかく、人ひとり抱いて何十分も歩けるわけないだろうがっ」


 ロマンを求める乙女思考というものに、全く思い至らない現実的な従兄に笑いが込み上げる。

 彼方はサッカー部でいつも走り回っているから、体力がないなんてことはないはずだ。とは言え、人を抱っこしたまま長い間歩くのは不可能に近いだろう。

 確かに彼方の言うことに間違いはない。間違いはないんだけど……!


 彼方のズレっぷりに笑い続ける私に、キレのあるデコぴんが額に見舞われたのはその30秒後のことだった。

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