裏 1
ヒロイン以外の視点です。
琥珀色の液体の入ったグラスが、軽い音を立ててテーブルに置かれる。夜の闇を隔てる窓ガラスに映るのは、ソファーに深く腰掛け、口角をうっすらと上げた男の姿。
「随分とご機嫌なのね。最近はずっとかしら」
艶のある声が背に落ちると共に、細い腕が男の首元に絡んで交差した。
「何年も待ち望んでいた女性に会えたんだ。頬の筋肉も自然に緩むというものだろう」
「でも思い出し笑いなんて、『冷徹な司令官』が台無しだわ」
拗ねた声を出す女の赤い爪が、男の頬を引っ掻き跡を残す。
「くだらないな。役職など必要ないと最初から言っているだろう。俺達は互いに都合が良かったから、協力体制をとっているだけだ」
「あなたが動くのは彼女のため?」
「そうだ、俺もお前達も彼女のための駒に過ぎない」
「そんなに大事なの、彼女のことが」
クスリと女が自虐的な笑みを浮かべる。
「言うまでもない。彼女がいるから、俺はここに存在する」
にべもなく言い放つと、男は空間に円を描くように右手を動かした。
「久し振りに彼女の戦いを見たが、相変わらず優美だった。流れるように弓を作り、烏の異形を一撃で打ち抜いた」
彼の見た情景が、円の中に鮮やかに浮かび上がる。
通常ではありえない姿の鳥が、頭を下にして一直線に降りてくる。それを迎え撃つ少女が矢を放つ仕草をした瞬間、彼女の背に光輝く印が燃え上がるように現れた。
その一瞬の美に、女が息を飲む。
「美しい証だろう。この世界で言うところの天の遣いといったところか」
「これを、彼女自身は知らないのよね」
「自分で背中を見ることはできないからな。戦闘中なら尚更だ。本人だけが気付いていないトップシークレットだったよ」
くつくつと楽しげに男が笑う。
「彼女は自分が異形かもしれないという可能性を、酷く恐れていたからな。箝口令を強いたのは、精神安定のための防衛策だ」
男の言葉に、女が何かに思い当たったように小さく声を上げた。
「その策は今も必要なの?」
「どういう意味だ」
「あなたが放置して良いと判断した少年だけど、状況的にみて彼はあれを目撃しているはずよ」
「ああ、それについては問題ない」
「何故?彼は彼女に接触しようとしているのよ」
眉を顰めて問う女に、男は何もかもを見通しているかのように悠然と瞳を細める。
「この世界では、彼女の側に張り付いている者はいないからな。いずれは知ることになる。……それにだ」
男は言葉を切ると背後にいる女の腕を取り、顔を引き寄せて甘く囁く。
「その方が面白いことになるだろう?」
女は小さく肩を竦めた。
遊び好きのこの男に良いように操られているのは件の少女か、それとも己なのか。
女は考えることを早々に放棄すると瞼を閉じ、愛しくも憎い男に口付けた。




