98.魔王領――58
――それから、皆の訓練に混ざって改めて自分の能力を確認する事しばらく。
確かに身体能力や魔法と全般的な分野で力が伸びているようには感じられた。
感覚としては、いつの間にか飛び越せる階段の数が増えているようなものか。
セレンが言ったように眷属の皆の成長が僕にも還元されているって事なのか、それとも僕自身の成長なのかは分からないけど……検証する方法も思いつかないし、別に不都合な事でもないし、詳しいところは気にしなくてもいいか。
皆の集中砲火を受けてたけれどそのセレンも楽しそうにしてたから、しばらくはこれで無聊を慰めてもらうとしよう。
実はちょっと試したい事もあったんだけど……これを結界の中で試すのは難しいか。主に成果の確認的な意味で。
まぁ即席で僕自身の結界を作り出すなんて必要になるとしたら敵地で戦う羽目になった時くらいだろうし、使わないで済むならそれが一番ではある。
……と、そんな諸々を考えながら戦っていると、屋敷の方から夕食の合図が伝わって来た。
「ただいまー」
「――あ、ユウキ。おかえり」
皆と食堂に入ると、こちらに気付いたノエルが近づいてくる。
っていうか、僕らが戻ってくるまでずっとティスと話してたみたいだな。あの謎の緊迫感を伴いながら。
これで二人の関係が良くなってればいいんだけど……。
「――御馳走様でした」
食事を終え、食器を片付けた僕はラミスの元へ向かう。
食卓に現れた時からずっと疲れた顔をしていたのが気になった。
なんというか……目が死んでる。
「ラミス、疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「む……なんじゃ、ユウキか……」
反応も鈍い。
普段の年相応に元気な様子は見る影もなかった。
これは重症かもしれないな。
考えられる原因としては……。
「コーネリアの勉強ってそんなにキツいの?」
「うっ……」
そう尋ねると図星だったか、ラミスはピクリと肩を震わせる。
ラミスもかなり賢い子だったはずなんだけど……国の情勢とか頭に入れるのはそれだけ難しいって事だろうか。
僕も今度その授業に混ぜてもらうわけだし他人事で済む話じゃない。
少し心配になってきた。
「――我が身の至らなさを心よりお詫びしますわ」
「のじゃっ!? よ、余はそんな事一言も……!」
不意にコーネリアが話に入ってきた。
その隣には例によってアーサーが控えている。
それにしても、これは……勉強関係ないところだけど僕もキツいかもしれないな。
素のコーネリアに馴染んでいるからか、猫被りというか貴族モードというか、この状態の彼女は尋常じゃなく落ち着かない。
表面だけ見れば年の近い姉妹の会話にも見える光景なのに。
ラミスとコーネリアの立場を考えれば、仮に当人たちが気にしないにしても今からこうして線引きをしておくのは必要な事なのかもしれないけど……うーん……。
「時に『凍獄の主』殿」
「え? 僕にもその調子なの?」
「これは異な事を仰る。私は普段通りですが?」
「あ、うん。そうなん……です、か?」
「ふふ、貴方が私に殊更へりくだる必要もありませんよ。公の話をする時くらいは立ち位置をはっきりさせておこうというだけですから」
「なるほど……あれ、じゃあ僕もラミス……様? には敬語の方がいいのかな」
「か、勘弁してほしいのじゃ!」
なんとなく呟くとラミスが悲鳴を上げた。
それを見たコーネリアは少し考える様子を見せながら口を開く。
「そう、ですね……クロアゼル殿はラミス様の保護者のような立場におられます。であれば、その関係を強調する形ならば……うぅむ……いえ、やはり無理ですね」
「のじゃぁ!?」
「クロアゼル殿自身が元来ディアフィスと無縁である事、男性である事、そもそも魔王である事、勢力を率いている事……理由は枚挙に暇がありませんが、障害が些か多すぎます」
「そ、そこを何とか……」
「申し訳ありませんが事この件に関しては譲れません。どうかお受入くださるよう願います」
「うにゅぅ……」
なんていうか……そういえばラミスって王族だったなって。
流石にその事自体を忘れた事なんて無かったけど、コーネリアの正論を聞くうちに色々面倒なしがらみがついて回るものなんだって事を意識させられた気がする。
でも……。
心底参った様子のラミスを見て、そう思ったのはコーネリアも同じだったのかもしれない。
小さく溜息を零すと、幾らか語調を柔らかくして言葉を続ける。
「――とは申し上げましたが。クロアゼル殿……いえ、ユウキの結界の中でしたら物言いをつける面倒な輩もおりません。特例を認めても大事には至らないでしょう」
最後はコーネリアの方が妥協したけど、本来は彼女の主張の方が正しい。
でも、今だけは。
ラミスの背負う王族としての重荷を少しだけ軽くしても、罰は当たらないだろう。




