96.魔王領――56
ひとまず用事も済んだ事だし食堂に戻ると、そこではノエルとティスが剣呑な様子で向かい合っていた。
状況を把握するため、いつでも割って入れるようにしつつ二人の会話に耳を澄ませる。
「それで……そういうそっちには、趣味はあるの?」
「当然よ。ここには本だってたくさんあるし……それに、ユウキの眷属の訓練に混ざる事だってあるわ」
……微妙に想像と違う状況らしかった。
なんでこの二人は一触即発の雰囲気で普通の雑談してるの?
その後も二人が話す内容は好きな食べ物とか、とにかく当たり障りのない事ばかり。
今にも戦いが始まりそうな雰囲気も一向に緩まる気配がない。
なんなんだろう……これで二人の関係が良くなるっていうなら良いんだけど……。
ノエルとティスなら何かあってもすぐに大事にはならないだろうし、その時はその時で何とかすればいいか。
気づかれないようにその場を離れる。
久しぶりに一人の自由時間って気がするな。さて、どうしようか。
外で皆がしてる訓練に混ざってもいいけど、そうすると自由時間をそれだけで使い切りそうだし……他にやっておきたい事は無いかな?
……特に無かった。
なんとなく釈然としない気持ちを抱えつつ、魔力を頼りに皆が訓練している場所に向かう。
今はディアフィス聖国そのものより第三勢力を警戒しているところだし、それに対する話ならノエルに聞かれててもあまり問題にはならない。
勇者たちの戦力に対する分析も大体はさっきアベルに聞いたから十分。
改めて考えても、やっぱり今だから出来る事は変わらなかった。
「――ガァアアッ!」
「負けない……っ」
「我が雷光を受けるがいい! 『魔天雷砲』!」
「グルッ……」
トゥリナの援護を受けたバルーの突進をリエナが受け流し、そこにドラクロワが雷撃を打ち込む。
っていうかドラクロワ、また微妙なところに器用さを発揮して……。
僕の記憶じゃ普通の雷と同じだったはずの雷撃に、黒いエフェクトっぽいものが加えられている。
それに、別にドラクロワに限った話じゃなく、少し見ないうちに皆また一段と強くなっているように見える。
動きのキレとか立ち回りの上手さもそうだけど、それだけじゃない。
何より目立つのは魔法の規模の成長だ。
まだ魔王たちとの差はあるものの、この前見た普通の軍が相手なら余裕で蹴散らせそうだ。
とはいえ結界の中って事で補正が掛かっているのも加味すれば、実際は……範囲攻撃が得意な二、三人は組む必要があるだろうけど。
「――やぁ、『凍獄の主』」
「うわっ……なんだ、セレンか」
訓練の様子を眺めていると、いきなり後ろから声をかけられた。
この魔王が相手なら何の前触れも無かったのも仕方ないか。
少し前に本人が語っていたところによると、セレンの能力はしばしば日常の些細なところで自身の意思に関係なく勝手に発動するらしい。
本来なら不可能な事が可能になる……今回だと、この能力さえ発動しなければセレンの接近に気付かない事は無いって事になるのかな?
「見たところ一人みたいだけど、拳の勇者はいいのかい?」
「ノエルなら屋敷でティスが見てくれてる。それより、そっちの名前で呼ばれると落ち着かないんだけど」
「はは、それはいいね。悪いけどしばらくはクロアゼルと呼ばせてもらうよ」
「えぇ……」
相変わらずのからかうような台詞と共に、自然に腕を絡めてくるセレン。
そういえばこの白髪の魔王の性別ってどっちなんだろう?
顔も声も中性的で、いまいち判断がつかない。
風呂に入る時も誰もいないタイミングを見計らって一人で済ませてるみたいだし。
適当な機会に探るって手もあるけど、それで男じゃなかったら普通にセクハラだから気が引ける。
でもなー……分からないとそれはそれで落ち着かない。
「――それにしても。恐ろしい魔王だね、君は」
「へ?」
そんな事を考えていると、セレンが不意に真面目な声で呟いた。




