95.魔王領――55
「入るよー」
「扉なら開いている」
会議室代わりに使っている部屋に入ると、壁に背を預けて立っていたアベルが出迎えた。
机の少し離れたところにはレヴィアが座っている。
特に何かしてたわけでも、アベルと話してたらしい様子もなく……どういう状態だったんだろう?
接点のあまり無い取り合わせというか、思いつくのはこの前の多面作戦で組んでた事くらいか。
彼女はチラリとこちらを見ると、また俯いて動きを止めてしまう。
「……立ち話で済ませるには少し長くなる。座るといい」
「ああ、うん。そういうアベルは?」
「俺は構わん」
……アベルも時々よく分からないな。
食事や睡眠なんかは普通にしてるし、信用されてないわけじゃないだろうけど。
ああ、そういう部分はレヴィアと似てるかもな。
二人とも、シェリルあたりが訓練に引っ張って行けばそこまで抵抗しないってところも含めて。
「えっと……それで、勇者とか相手側の戦力についてだっけ?」
「ああ。少なくとも前回の戦いを含めて俺が知る限りでは、勇者並に特筆すべき戦力はいない。魔王からすればどれだけ集まろうと取るに足りんだろう」
「へぇ、そうなんだ」
「……名将と呼ばれるような人材は、皆ディアフィスを離れるか地位を追われたからな。それでもお前たちの眷属ならともかく、魔王を相手に戦況を変えるのは厳しいだろうが」
ふむ……まぁ確かにいつだったかのクリフの説明からすれば、魔王ってのは日本でいう地震や噴火みたいな天災みたいなものだし。
人間も魔法が使えるって言ってもたかが知れてる中、魔王に個人で正面から立ち向かえる勇者の方がそれだけ異常って事でもある。
「その上で、だ。前回の戦いで全体的にこちら側が優位に立てたのは、個人の実力以外の要素に依るところも大きい。無策に再び戦いを仕掛けて同じように勝てるとは限らないというのが俺たちの間で出た結論だ」
「あー……ラルスとか、もう勇者と戦うのは勘弁なんて言ってたしね」
アベルの言葉に、相変わらず胡散臭い様子で愚痴を零していたラルスの姿を思い出しながら頷く。
続いたアベルの説明によれば、ラルスの言い分も正当性のあるものには違いないらしい。
ラルスの能力、その本質は幻覚だ。
もしかしたら防御を貫かれるかもしれない、次はもっと速い攻撃が襲い掛かってくる可能性がある。
そんな相手の警戒はそのままラルスの力となり、幻の刃は現実となって敵を斬り裂く。
ただしその仕組み故に、幻を見抜き恐るに足りずと意識を強く持っている相手には歯が立たないという一面も持っている。
有体に言って破綻者の多いディアフィス側の勇者たちと戦うには、この部分が致命的な弱点になり兼ねないというのだ。
分かり易い例を思い浮かべるなら杖の勇者とラルスの戦いを仮定すればいいか。
アベル曰くマチルダは度を越えた自信家。
ラルスが幻影の武器を雨の如く降らせたとしても、マチルダが容易く薙ぎ払えると驕って力を振るえば、それは高い確率で現実となる。
一度そうなってしまえばその結果は自信として還元され、幻影はその力を完全に失うだろう。
前回の戦いでニーナを封殺できたのは相手が戦いに関してはそれなりに慎重だったから。
ただ、同時にその戦いで敵を仕留めるまでには至らなかった事がまた、次はその経験をもとに能力を破られるんじゃないかとラルスの不安要素になっているとの事。
「――もっと単純なのは『焦がるる忌腕』か」
「戦場が僕の魔力の影響を受けた北域だったって事?」
「そうだ」
「あの時はリエナも仲間になってすぐだったからね。それに、だからこそ眷属の中でも優等生な面子を補佐につけたわけだし」
「理解しているなら話は早い。次へ移るぞ」
……後は前回の戦いを通して分かった勇者たちの具体的な手札の確認とか、眷属も含めてこっち側の反省点なんかを確かめていく。
特にアベルたちの分析について異論を挟むような部分も無かったけれど、その辺の情報は僕も知っておいて無駄にはならないだろう。
「――ふぅ。やっぱり勇者は手強いな」
「そうでなくては勇者などと持ち上げられはしない」
「それもそうか」
「だが、前回の戦いを経て相手側の勇者を二人も奪えたのは十分な収穫だ。油断こそ許されないが、勝算はかなり高いと言っていい」
「そうだね」
実際、戦力のバランスは大きくこちらに傾いている。今戦いに出たとしても負けは無いだろう。
後はこちら側の犠牲を出さずに勝つ事。
そして、後の禍根を残さない事に全力を尽くす段階だ。
「……話す事はこれくらいだ」
「そっか。アベルはこれからどうする?」
「俺はもう少しこの部屋にいるつもりだ」
「分かった」
いや、分からないけど。
この部屋に残って何をするつもりなんだろう? 何もしないんだろうな。
そんな埒の無い事を考えつつ、僕は部屋を後にした。




