94.魔王領――54
「うぅん……」
「ちょっ……大丈夫? ユウキ?」
幾ら弾丸のような速度で急所に直撃したといっても、雪玉で作った即席テニスボールでどうにかなるほど魔王の身体はヤワじゃない。
確かに眉間は痛むしまだ頭がクラクラするような感覚はあるけど、それだけだ。
そもそも眠らない魔王が気絶するような事があるかさえ――リエナの時はどうだっけ?
あれは眷属化とか身体の再構築に伴う最適化がどうこうって話だったから、気絶にカウントするかは微妙だな。
……まぁ、それはさておき。
ノエルには悪いけど、少し確かめたい事があって昏倒したフリを続ける。
イメージはショック死。
魔力感知に優れたノエルに悟られないよう体内に巡る魔力だけ操作し、鼓動と呼吸を一時的に止める。
動く邪魔になる氷鎖は外してあるし、万が一の時の為の僕も無力化されている状況。
僕が心肺停止状態なのに気づいたノエルが、果たしてどう動くか――。
「あああ、どうしよう……ユウキ、ごめんっ」
「ッ――!?」
不意に鼻をつままれたと思った直後、唇に柔らかい感触。
魔王じゃなかったら肺が弾けるんじゃないかってくらいの空気が吹き込まれてくるけど、それどころじゃない!
バレたら死ぬ。いろんな意味で。
過去最速まで加速した思考がはじき出した答えはそれだけ。
身体が動かないよう細心の注意を払いつつ、何度目かの人工呼吸で可能な限り自然に息を吹き返す。
そしてノエルの手が胸の上に移動し……。
「――せいっ!」
「ごふぅ!?」
……自動体外式除細動器、いわゆるAEDの電気ショックってこんな感じなんだろうか。
打ち込まれた魔力が心臓を貫き、流石に耐えきれず咳き込む。
恐る恐る視線を向けると、そこには涙目でこっちを見るノエルの姿が。
「えっと……僕は……?」
「ユウキーーー!」
「うわっ!」
混乱した思考のまま割と演技抜きで呟くと、感極まった様子のノエルが飛び込んできた。
まともに反応できるはずもなく、押し倒されそうなところだけどうにか踏み止まる。
「の、ノエル!?」
「良かった……こんな事でユウキに何かあったら、ボク……!」
「うっ……」
背中に回された腕の力は、そのままノエルの不安を表しているようだった。
なんというか……一人で勝手に疑って、試すような真似をした自分への罪悪感で心が痛い。いっそ死んでしまいたいくらいの気分だ。
「あー、ノエル……ごめん。心配かけた」
「ぐすっ……」
涙ぐむノエルとそのままの状態で過ごす事しばらく。
密着加減とか感触とか諸々から意識を逸らすために屋敷の方の気配を探っていると、外で訓練してた眷属の皆が戻っていくのが分かった。
「――そ、そろそろ夕飯か。ノエル、歩ける?」
「うん……」
誤魔化すようにそう言い、ノエルの手を引いて屋敷へ戻る。
道中で顔を洗って泣き顔は悟られないように出来たけど、それで落ち着いたせいか今度はさっきの諸々もあって却って気まずい雰囲気になった。
……そう露骨に赤面されると、なんというか、こっちまで……。
「おかえりー……って、ユウキ? なんかあったのか?」
「……ちょっとね」
迎えてくれたシェリルに曖昧な返事をして食卓に着く。
スープの味もよく分からないままに平らげて席を立とうとすると、ティスが近づいてきた。
「ユウキ、この後ちょっと時間いい?」
「んー……特に予定はないよ」
「相手方の勇者とか戦力についてこっちでも色々話したんだけど、ユウキにも聞いといてもらおうと思って。アベルがいつもの部屋で待ってるわ。そこの……ノエルは私が見ておくから」
「分かった」
今ノエルから離れられるのは有り難い。
ティスの言葉に二つ返事で頷き、改めて席を立つ。
「……ところでユウキ、外で何かあったの?」
「え? べ、別にっ」
動揺は隠せただろうか。
いや、そんなはずないな。それが分かるくらいの判断力は残っている。
これ以上の墓穴を掘る前に、僕は足早にアベルの待つ部屋へ向かった。




