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93.魔王領――53

「――ふッ」

「まだまだ!」


 逆サイドを突くノエルの鋭い打球に何とか食らいつき球を返す。

 追いやられていたコート端から中央付近のポジションへ戻り内心でほっと胸を撫で下ろし、ここからの動きを組み立てていく。


 ちょうど話題にも上がった事だし、僕とノエルは運動不足の予防を兼ねてテニスをしていた。

 やはりというべきか、少しプレイしてみて細かいルールの違いが幾つかあるのが分かったから、その辺りは適当にすり合わせた変則的なゲームだ。ちなみに魔法は使ってない。

 まぁ、技術の範囲内でスピン数とか利用して日本じゃ有り得ない変化球を打ったり少し無茶な動きをしたりはしているけど。それはノエルが先にやりだしたから別にいいだろう。


「これならどうっ!?」

「受けて立つ!」


 ノエルの球は場外へ飛び出す軌道で空高く打ちあがる。

 だけどそれは、コートギリギリで急速に角度を変えて稲妻のように落ちてくる魔球。

 その回転は凄まじく、打ち返しても正確な軌道を保つ事は至難の業だ。

 ならば……打球がその動きを変えるのに先んじて、撃ち落とすまで。

 脚に力を入れて飛び上がり、上昇する球を更に上から叩きつけるように打ち返す。


「でりゃあああっ!」

「くっ……!」


 ボールの飛距離を気にせずに済む上空というアドバンテージは大きい。

 渾身の力で放った打球はノエルのラケットを打ち砕き、コートに深く突き刺さった。


「――って、ゴメン。やり過ぎた?」

「ううん、大丈夫。それよりまだ続ける?」


 ノエルの言葉に時間を確認する。

 これくらいなら、まだ……。

 屋敷の方を確認しても、まだ夕食の始まる気配はない。


「もう少しくらいはいけると思う。はい、新しいラケット」

「ありがと」


 氷で新しいラケットを生み出し、埋もれた球も凍土の操作によって回収する。

 さっきの一戦で荒れた地面のコンディションも調整して試合を再開する。


「せやっ!」

「っと……!」


 いきなり繰り出される鋭いサーブ。

 どうにか受け流して球を返すも、ノエルは勢いを緩めることなく速球を連発してくる。

 決して単調ってわけじゃなく、軌道や狙いはむしろ多様な部類。さっきの試合みたいに技というか魔球だって織り交ぜてくる。

 それでいて僕も速球で返せば真っ向から応じてくるし、今みたいに変化球で攻めてもそれは変わらない。


 勝負がつくのは、ラリーの中で蓄積されていく軌道や勢いの僅かな誤差が弾けた時。

 もしくは、さっきみたいにラケット自体に限界が来たときくらいのもの。

 戦績はほぼ互角と言って良かった。


 ……そう、互角。

 僕は一切手を抜いていない。

 魔法を使う時ほどじゃないとはいえ、自分の領域(結界)の中で僕の身体能力も割と恩恵を受けている。

 それが示すのは、結界の外で僕とノエルが物理的に打ち合えば流れは彼女の方に傾くという事。

 テニスにおいても、そして実戦においてもだ。


 ただ……違和感もある。

 ノエルの動きがやけに良い事だ。

 いや、別に最初はノエルを侮っていたとかそういうわけじゃない。

 実戦を通してその動きの良さは知っていたし、試合中の動きを見てもノエルの出身世界でのテニスに該当するスポーツの経験はそれなりにある事は察せられる。


 その辺りを踏まえて、なお彼女の動きは予測の一つ上を行く。

 異世界だから技術が違うって類のものとも違う。

 強いて感じるものを挙げるなら……ラケットの扱いか。

 その一点は、他の要素と比べて一段と優れているように見えた。

 それもテニスの技術とかいう範囲に留まらず、もっと――。


 ――少し、考え事に注意を割き過ぎただろうか。

 一度地面でバウンドしたノエルの打球は大きくカーブする軌道で僕に迫ってくる。

 迎え撃とうとしたラケットが半ばからポキリと折れ。

 ラケットの破壊があまりにあっさりしていたせいか、ボールはほとんど勢いを緩める事なく直進し。


「――へぶしっ」

「ゆ、ユウキ!?」


 そして、弾丸の如き一発が見事眉間に命中。

 僕はひとたまりもなく雪原のコートに倒れ込んだ。


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