90.魔王領――50
「そんなバカな……!」
他の場所ならともかく、結界の中で仕掛けた最大の不意打ちだ。
それがこうも容易く破られるとなると……。
『氷陣』で空気を凍らせたものを無数に浮かべ、その合間にノエルを繋いでいた氷鎖を解く。
「ユウキ?」
「ティスを……『天裂く紅刃』を呼んできて。ノエルならここからでも見つけられるはずだ」
「でも――」
「お願い」
「っ……。分かった。無理はしないで」
ノエルの気配が遠ざかるのを感じながら氷剣を生成し、改めて侵入者の様子を窺う。
外見は雪のような白髪が特徴的な十代半ばの子供ってところか。
性別の判断できない中性的な顔には面白がるような薄い笑みが浮かんでいる。
その手には何も見えないけれど、確かに感じ取れる魔力の塊。
感知した分だとその形状は長剣。込められた魔力は僕ら魔王や勇者に匹敵している。
浮遊しているけれど、翼や足場の類は見えないな。
身体を包むように展開された魔力によるものか?
「ふふふ……どうやって避けたのか考えているね?」
「聞いたら教えてくれるの?」
「んー、気分が乗らないなぁ」
戯れるような態度を崩さない相手の魔力を探るも、何か仕込んでいる様子はない。
空間の方にも、異常はなさそうだ。
最初の奇襲にも全くの無傷だったって事は何かタネがあるはず。
ティスが来る前に、それだけでも暴ければ……!
「教えてくれないって言うなら、勝手に探らせてもらう!」
「『凍獄の主』の攻勢とはぞっとしないね」
「っ……『氷茨牢』!」
空中に浮かべた氷板を操作して侵入者を包囲。
氷板から芽吹いた茨はあっという間に成長し、その姿を呑み込もうとする。
「おお、怖い怖い」
対する相手の動きは冷静だった。
氷板の包囲が始まった瞬間に動き出し、不可視の剣で氷茨を斬り払って早々に安全圏へ脱出する。
氷板から幾つか槍を射出するも容易く凌がれる。
「避けたな……」
「うん、避けたね」
「畳みかけるっ!」
今度の動きは見えた。
能力を使う必要も無かったのか、それとも使えなかったのか。
虚しく宙に茂っていた氷茨に魔力を通し、その姿を一頭の竜に変化させる。
「さぁ、どう動く……!」
「いやぁ、参った。これはちょっとキツいなー」
迫る氷竜に対し、全く困った様子を見せずにそう嘯くと侵入者は身を翻す。
さっきからの動き全般に対して言える事だけど、特筆して速いわけじゃない。
ただその立ち回りでうまく氷竜の爪牙から逃げおおせている。
力の底は、未だ見えない。
「――爆ぜ散れっ!」
「うわっ!?」
タイミングを見計らってとぐろを巻くように氷竜で相手を捉え、反応されるより早く爆発させる。
無数の氷礫を避ける事は不可能。相手が魔王であっても墜落は免れ得ない。
どうだ……?
とっくに最大限まで加速した意識を更に集中させ、どんな些細な変化も見逃さないよう目を凝らす。
氷礫の一発目が着弾したかと思われた瞬間……侵入者の身体がブレた。
少し離れたところに現れた相手は、随分と薄くなった氷礫の弾幕を払いのける。
「流石だねー。こんな短時間に何回も能力が発動するのも珍しい。それで、トリックは見破れたのかな?」
「…………」
発動する……?
その言い方だと、まるで相手の能力は本人の意図に関係なく発動するもののように聞こえる。
攻撃に対する安全圏への転移。
これを攻略するには――。
そう考えた時だった。もはや馴染みとなったティスの魔力が近づいてくる。
「セレン! どうしてここに!?」
「やぁ。久しぶり、ティス」
相手の姿を確認した瞬間、目を丸くして固まるティス。
それに対して、セレンと呼ばれた侵入者は親し気に笑い返した。




