89.魔王領――49
「――そういえばノエルって、所属の方はどうなってたの?」
「どういう意味?」
朝食のトーストを口に運びながら尋ねると、ノエルは少し警戒した様子で首を傾げる。
「いや、今回はノエルやディアフィスが不利になる情報を狙ってるわけじゃなくて。戦場に出てきた時の感じだと、ノエルはディアフィス王家の指示で動いてた事になるよね」
「……うん」
「第三勢力……ディアフィス内部で今の王家に成り代わろうとしてる勢力について、何か知らない?」
鎖の勇者の後見を務めるロマクス家の当主ゲレルブから得た第三勢力の情報はその存在くらいのもの。
サグリフ王朝の再興に成功しても、そんな面倒な連中が残っていたら無用な火種になるのは間違いない。
そいつらもノエルの敵には違いないし、戦った事があるんじゃないかと思ったんだけど……。
「えっと…………ごめん、心当たりは無いかな」
「そうか……」
「っていうかベヒスト家とかリムフス家とか、それっぽい貴族は居たんだけどさ。そういうのは全部完全に潰した後だから」
「ああ、なるほど」
続くノエルの言葉に納得する。
内部の反抗勢力って立場には利点もあれば欠点もあるわけで。
相手の至近距離で色々手を回せる反面、なまじ立場がある以上少しでも尻尾を出せばいつ潰されてもおかしくない。
だからこそ誰かがボロを出したとしても、他の連中が手を切って引っ込めばそれ以上の手がかりは残らない事になる。
「もちろん泳がせてる連中ってのも居るかもしれないけど、その辺は聞かされてないから。それにもし聞いてたって難しい事は分からないし」
「うーん……」
どうしたものか……。
正直サグリフ王朝の復興だけなら元の臣下のガリアルさんたちと少し準備すればいつでも実行できるとは思ってる。
尤も、こっちの被害を抑えようと思ったら相手側の勇者対策を練る必要もあるけど。
ただ、第三勢力を抑えるとなると……。
復興したばかりの国で問題が起きるのは何かとよろしくない。
出来れば先に片付けておきたいものだ。
クリフのアレも憑依する相手を眠らせて身体を借りてるものらしいから、こういう隠れてる相手への諜報には向かないし……。
パーっとスパイ的な感じで使い魔か何かをばら撒ければいいんだけど、森にいる狼じゃそういうのには向かない。
そもそも特に構ってないから、普通の狼よりちょっと優れたくらいのスペックじゃ使い道は無いに等しいし……。
「ま、その辺りは魔王の皆と相談すればいいか」
「……それ、ボクが聞いても大丈夫な話?」
「第三勢力とか諜報絡みの話題に限定すれば平気だと思う」
というか、こういう力押しが難しい問題こそ専門家なガリアルさん辺りに相談するのが良いかもしれない。
そんな事を考え、食器を下げた時だった。
「ッ!」
「ん? ユウキ、どうかし――」
「ノエル、ちょっとごめん!」
「え、ちょっ……!?」
何の前触れもなく、結界の内側に現れた魔力がある。
それは僕の知る勇者や魔王、眷属のものではなく……つまり、侵入者。
一言だけ断ってノエルを担ぎ屋敷を飛び出す。
反応は――。
「あそこか!」
氷翼を展開、ちょうど結界ど真ん中の上空に浮かぶ人影めがけて飛び立つ。
ちょうど相手はこちらに背を向けて浮遊している。
ならば……!
「――彼の者の時を永遠の微睡みに沈めよっ。『凍鎖絶界』!!」
放つのは、いつだったかティスや眷属の皆を相手に総力戦を演じた時の切り札。
今回は対象が相手一人という事で規模は比較的小さいけれど、それでも全方位から迫る極限の冷気だ。回避は不可能なはず。
事実として相手が反応を見せると同時、殺到した冷気はその周囲を時間ごと凍てつかせ――。
「おっと……誰だか知らないが、中々やるね」
「なっ!?」
その凍結範囲のギリギリ外。
いつの間にか移動していた人影が、感心したような声を上げた。




