88.リルディエル平原
アーサーにコーネリアからの手紙を届けに行ったティスが結界に帰ってきてから数日。
約束の日を迎え、僕らはアーサーと会う予定のリルディエル平原へ向かっていた。ちなみに平原の名前はディアフィスで信仰されている天使の名前からとっているらしい。
向かう面子は事前に計画していた通り、僕とティス、ノエルとコーネリアの四人。
僕が生み出した氷龍に乗って目的地を目指している。
他にはリエナもついてきたがったけど、万が一に備えて今回は留守番してもらう事にした。
「ところでノエル。敵の気配とかあったりする?」
「……気づいてたとして、言うと思う? まぁ、別に伏兵っぽいのはいないと思うけど。ボクの感知は相手が魔力使ってないと意味ないんだからね」
「ああ、そういえばそうだったね」
合流地点が近づいてきたところでノエルに尋ねる。
まぁ理屈で言えばノエルはここしばらく結界に閉じ込められてたんだし、ディアフィス側と連携を取るような事は出来ないだろうって計算もある。
そういう事前の共謀が無くてもとりあえず伏兵の事は黙っておくって可能性も無くはないけど、なんとなくノエルが嘘をついているようには感じなかった。
それは別として彼女も言った通り魔力を使わずに隠れている連中がいる可能性もあるし、一応魔力探知はしておく。
……うん。伏兵とか罠の気配は無い、かな。
アーサーの姿も見えてきた。
相手がどう動いても対応できるよう警戒は保ちつつゆっくりと氷龍の高度を下げる。
「やぁ、アーサー久しぶ――」
「コーネリア様はそちらか」
言葉は食い気味に放たれた。
見ればその手元にはもう弓が生成されていて、一つ動きを間違えれば即座に射貫かれそうな様子だ。
アーサーの姿は聞いた様子からイメージしたほど酷くはない。
髪にもちゃんと櫛が通っているし、身なりも整っている。コーネリアからの手紙が効いたんだろうか。
ただその眼に余裕は無いし、落ち着いて見えるのは表面だけか。
「そうよ。見てのとおり操られても脅されてもいないわ。安心した?」
「っ……あぁ、コーネリア様……!」
氷龍からコーネリアが降りると、アーサーの肩から力が抜けるのが一目で分かった。
そのまま駆け寄ろうとする弓の勇者だけど、ちょっとコーネリア僕の影に隠れるのはやめてほしい。
弓も消したしさっきより格段にマシとはいえ、アーサーからの殺気が痛い。
「ま、大体の事情は届けた手紙の通りね。わたしはラミス様につくわ。アンタもこっち側に来なさい」
「畏まりました。我が道は常に貴女と共に」
アーサーがそう言うとラミスは満足げに頷いた。
……。
…………。
「……あれ、これで説得終わり?」
「終わりね。これ以上やる事もないし、さっさと引き返しましょ」
「そ、そうだね。アーサーもこれからよろしく」
「ああ。よろしく頼む」
なんというか……本当に何事もなく終わったな。
いや、ベストの形には違いないんだけど。
来るまでにだいぶ身構えていたせいか肩透かし感も大きい。
微妙に落ち着かない気持ちを抱えつつ乗り込んだ氷龍を飛翔させる。
「ところで一応聞いてみるんだけどさ、アーサーはディアフィスの第三勢力とかについて何か知ってる?」
「コーネリア様のあずかり知らぬ事を僕が知っているわけないだろう」
「そうだよねー」
そこは胸を張るところじゃないと思うんだけど……予想は出来た答えだ。
情報面でも新しく得るような事は無し、か……。
それからも警戒は絶やさないようにしてたけど、結界に帰るまで本当に何事も起きなかった。
会話したことも精々アーサーが消耗してるから落ち着いたら一度休ませた方がいいって内容くらい。
まぁ、勇者っていう一大戦力を労せずして敵から引き抜く事が出来たんだ。それだけでも今回の収穫は大きい。
ちょっと心配し過ぎて空回りしている自分を改めて自覚すると、思わず苦笑が零れた。




