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85.魔王領――46

「えっと……」

「ああ、このおにーさんはユウキ……私たちの保護者よ」

「よろしくお願いします」

「うん、よろしく」


 カミラが僕を紹介すると、姉は半ば機械的に頭を下げる。

 ……変に誤解されてもなんだし、ノエルを繋いでる氷鎖は隠しておこう。

 氷そのものの透明度を限界まで引き上げ、更に念のため身体で視界から遮っておく。


「ところで事情はどこまで話したの?」

「この子が目を覚ましたのもついさっきだし、大した事は話してないわ……。とりあえず前の家からは離れてる事と……あと、弟の怪我は全部治した事くらい」

「そっか」


 向けられる視線は怯えと計算の入り混じった、それでいてどこか無機質な諦観の滲むもの。

 それは古い記憶をいやに刺激してくる。

 同じ奴隷としての過去を持つ身として、何を言うべきなのか……少し考えてから口を開く。


「……僕らには君たちを傷つける気も、虐げる気もない。だから、望みがあれば迷わず言ってほしい」

「のぞみ……?」


 そう言うと、姉はそれが知らない言葉であるかのように繰り返して首を傾げる。

 ひとまず今伝えるべき事はそれくらいか。

 それ以上の事はまた後で考えていけばいい。


「あ、そうだ。君の名前は?」

「……無い、です」

「じゃあ、そこの弟も?」

「はい」


 返ってきたのは首肯。

 奴隷に名前が無いのはそう珍しい事でもない。

 誰かと区別する必要もなければ、そもそも一人の人間として見る必要も無いのだから。

 ……でも、ここではそれだと困る。


「無いと何かと不便だから、名前を決める事にしようか……何か希望はある?」

「……よく、分からないです」

「カミラは何かある?」

「姉の方はユリア、弟の方はテオでどう?」


 試しにカミラに尋ねてみると、予想だにしない即答が返ってきた。

 しかも割と無難な名前が二つ。

 おかしな事は無いけれど意外な反応に思わず目を丸くすると、カミラもはっと何かに気付いた様子を見せた。


「べ、別になんとなく思いついた名前を言ってみただけよ。他意はないわ」

「ああ、うん」

「そんな事より、あなたはこの名前どう思う?」

「……良いと、思います」

「じゃあ決まりね。あなたの名前はユリアよ。テオの方はまた本人に確認取らないとだけどね」


 どこか慌てた様子で、いつになく饒舌に話を進めるカミラ。

 見るからに不自然だったけど……まあ、わざわざ深く突っ込む事でもないか。


「ところでお腹は空いてない?」

「その……テオと、一緒がいいです」

「うーん……」


 奴隷時代も共にいた弟だ、ユリアの気持ちも分かる。

 でもロマクス家に居た時はまともな食事なんて出されなかったのは想像に難くないし、その後だってここに連れてきてから今まで飲まず食わずだ。無理せず早めに食事をとってほしいって気持ちもある。


「カミラ、テオの方はいつ目を覚ましそう?」

「分からないわ。とにかく傷の量が多かったから……遅かったらまだ数時間は寝たままかも」


 数時間後だったら……夕食時を少し過ぎたくらいか。

 一言断りを入れ、ノエルを連れて部屋を出る。

 そのままキッチンに向かい、冷蔵庫に入っていた間食用のおにぎりとコップ一杯のお茶を取って部屋に戻る。


「今はとりあえずこれだけ食べて。本格的なご飯はテオが起きてからでいいから」

「……分かりました」


 まだ仮の段階だけど、弟の名前がテオで定着しそうだな。

 それはさておき、おにぎりとお茶を差し出すとユリアは大人しく受け取った。

 出来ればユリアの意思は尊重したいけど、本人の健康には代えられない。


「――それじゃ、後はもう少しユリアたちの様子を見てもらってていいかな?」

「構わないわ……別にやる事もないし」


 次はテオが起きた時にでも来るとしよう。

 それまでの事はカミラに任せ、僕は部屋を後にした。


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