84.魔王領――45
「――それで、アーサーの様子は?」
「半狂乱、と言ったところか。帰還してコーネリアが行方不明なのを知って以来、血眼で探し回っている」
「…………」
「あー、なんかゴメン」
「べ、別にアイツがどうだっていいんだけどね。話をするっていうなら早い方がいいんじゃないの? 誰かに余計な事吹き込まれてからじゃ面倒だし」
そんな正論を唱えていても、あれだけ二枚舌を使いこなすコーネリアが心配を隠しきれていなかった。
召喚された直後に忠誠を誓い、それから今までずっと尽くしてきたアーサーだ。
更には証拠の類は一切残さず彼女の身内諸共に攫ってきたせいで手掛かりはゼロ。王都を守っていたノエルも僕らの手の内にあって行方不明。
……考えてみれば結構酷い状況だな。
アーサー個人に直接の恨みはないのもあって申し訳なくなってくる。
「戦力で考えるなら私かユウキが行くべきよね。向こうに襲われて抑え込まないといけないパターンを想定するならユウキの方がいいけど……」
「……なにさ」
ちらりと部屋の隅を見たティスをじろりと睨み返すノエル。
その一幕を見るだけで、僕がアーサーと交渉に向かってこの二人が留守番する事になるって選択肢の危うさがはっきり分かる。
かと言ってノエルも連れて出向くとしたら、最悪の場合勇者二人を相手取る事になるからな……。
「――あぁもうじれったいわね! ユウキ、この結界の守りは万全なんでしょ?」
「えっと、まぁ出来る限りの事はしてるけど」
「じゃあもう行けるだけ行けばいいじゃない。違う?」
まくしたてるコーネリアの勢いに押されて頷く。
実際アーサーとの交渉に僕とノエル、ティス、コーネリアの顔ぶれで向かった場合の事を考えると……目に見えるリスクは無いかな?
「なら、その形で行こうか。ティスは大丈夫?」
「特に問題は無いと思うわ」
「そうと決まれば準備がいるわね。少し待って……何か書くものはある?」
「はいどうぞ」
紙とペンを渡すと、コーネリアはアーサーに向けたものらしい手紙を書き始めた。
文章は手短に済ませると、懐からキーホルダーっぽい小物を取り出す。
「それで今、アイツはどこにいるの?」
「……現在という事ならエルトーグ砦だ。しかし、この分では実際に接触する際どこにいるかまでは特定できんな」
「ふぅん……じゃあ場所は適当でいいわね」
そう言うとコーネリアはスラスラと最後の一文を付け加えて手紙を閉じる。
「ひとまずこれが届けばアイツは誘い出せるはずよ」
「分かったわ。それくらいなら私一人でも余裕ね」
「手紙の内容を検めようともしないなんて、この短い間に随分と信用されたものね」
「ま、そこは色々話してたらね。それに不用心が心配って言うなら、僕は手紙の内容見てたし」
「うわ……レディの手紙を覗き見するなんて最低」
「えっ」
急にジト目になるコーネリア。気づけばティスとノエルにも同種の視線を向けられていた。
いや、確かにマナー違反だけどさ……他意はないし、コーネリア自身も示唆したようにちょっと用心したっていいじゃん?
「茶番はこれくらいにして、と。それじゃ、早速行ってくるわね」
「いってらっしゃーい」
コーネリアの手紙を持って出て行ったティスを見送り、その場は解散となった。
時間は……そろそろロマクス家で保護した姉弟の治療も終わってる頃かな?
万が一何かあっても対応できるよう片手に氷鎖を繋いだノエルを連れて、カミラが使っている治療室へ向かう。
鎖……自分が使っている側とはいえ、あまり良い気はしない。こんなもの必要なくなる日が早く来ればいいんだけど。
そんな事を考えつつ治療室のドアをノックすると、いつも通り気怠げなカミラの返事。
「あ……」
部屋に入ると、ベッドの一つに寝かされている弟。
そして別のベッドに腰かけて話しているカミラと姉の姿があった。




