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82.ソイトス砦――2

 ノエル(拳の勇者)渾身の一撃の威力は凄まじく、足元を補強した氷も砕け後退を余儀なくされる。並の人間が喰らっていれば跡形もなく消し飛ばされていたのは想像に難くない。

 ダメージを逃がすように腕を軽く振る。危うく粉砕されるところだった骨も再生は始まっているし、今みたいな無茶さえしなければ普通に動いてくれるだろう。


「――バカにしてるのかな?」

「え?」

「仕掛けてこないどころか、氷さえ使おうとしないなんて。……ボクが相手じゃ本気を出す気にもならない?」

「それは違う。……僕は、ノエルの敵じゃない。それは今だって同じだから」

「…………騙されない! お前は、敵だ!」


 断ち切るような口調でそう言って突っ込んで来るノエル。その一歩は地を砕き、攻撃は余波だけで砦の壁も破壊する。重く、速く、鋭い連撃は……しかし余りに直線的で単調だった。

 泥仕合、とはこういう状況の事を言うのだろう。形こそ違えど、僕もノエルもまともに戦えていない。


 バルーたちはもう十分離れただろう。なら、僕がここでやるべき事も終わりだ。いつ撤退したって構わない。


 ――ノエルを、このまま置き去りにして?

 そんな思考がふと頭をよぎった。

 気配を探るまでもなく、ここには僕とノエル以外誰もいない。死体さえほとんど転がっていない。

 じゃあ本来ならいるはずの兵たちはどこにいるのか?

 答えは明白。連中が早々に砦の奥に引っ込んだのは魔力を探り、状況を考えればすぐに分かる。

 ならば、いっそ――。


「――『凍結(フリーズ)』」

「甘い!」


 ノエルを氷漬けにするのと、その氷が砕かれるのはほとんど同時だった。一瞬も凍ってくれないなら「永蒼の封柩(アイスエイジ)」なんかに派生させる事もできない。

 この方法で抑えるのは無理か……でも、もう引き返せない。効かないなら他の方法を試すまでだ。


「……はは。ようやく本性を現した? やっぱりキミも……」

「…………そうかもしれないね。『氷陣(アイスハーツ)』」

「くっ!?」


 まずは足場を抑える。

 ただでさえ滑りやすい凍結した地面を、更に上下させて揺さぶる事でバランスを崩してやる。


「この程度!」

「『蒼槌(グリーヴァ)』」


 その足元を薙ぐように一発。

 宙に浮き無防備になったノエルに氷鎖を放ち、まずは足を縛って動きを封じる。

 一度そうなってしまえば、後は腕も抑えて完全に拘束するのは容易かった。

 漠然とした冷気ではなく実体ある形に落とし込む事で強度を上げた氷なら、勇者の力にも耐えられるらしい。


「こんな鎖……!」

「っ、そんな無茶な!?」


 一体どれだけの力を込めているのか、自分の身体を傷つけてまで鎖を解こうとするノエルを縛る鎖を慌てて増やす。

 ……ここまでぐるぐる巻きにすれば、流石に大丈夫だろう。氷鎖は冷たいだろうけど、強度を保つにはこれ以上の冷気は除けない。


「――よっと」


 ノエルを肩に担ぎ、氷翼を展開する。

 もうここに用は無い。捕捉されない十分な高さまで飛び上がり、砦を出た僕は結界に向けて翼を羽ばたかせた。



「――ボクを、どうするつもり?」


 ディアフィスの国境を越えた頃、ノエルがぽつりと呟いた。

 どうするつもり、か……その言葉を少し脳内で反芻する。


「分からない。ノエルをどうしたいっていうんじゃなくて、あそこに居させたくないって思っただけだから」

「それでも、ボクはディアフィス聖国の勇者だ。キミが望むようにはならないよ」

「そう、だろうね。でも……選択を間違えたとは思ってない」

「…………」


 ノエルが自分でも言っているように、こんな強引な手で今まで積みあがっていた問題は解決できないだろう。むしろ厄介ごとのタネにだってなりかねない。

 けれど、その返事は紛れもない僕の本心だった。


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