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81.ソイトス砦

 背に生み出した氷翼を羽ばたかせ速度を上げる。

 目的地……ディアフィス東部の戦線を支えるソイトス砦が遠目に見えてきたところで一応気配を消し、速度は緩める事なく更に進む。


「っ……」


 そのとき重低音が小さく鼓膜を震わせ、自然のものではない風が砦の方から伝わってきた。

 ここまで伝わってくる衝撃と魔力の余波。

 一方はアベルのもの。そしてもう一方は……。


 セントサグリアに侵入したときのようにダイヤモンドダストで姿を隠した状態で上空から砦へ降り立つ。

 しかし、彼女にそんな小細工は無駄だったらしい。

 姿は隠したままだっていうのに、ノエルは真っ直ぐに僕の方を見据えていた。


 向こうにバレてるのに身を隠していても味方を混乱させるだけか。どういうわけかバルーも僕に気付いてる節があるけど、ひとまず魔法を解いて姿を現す。


「――残念だったね」

「ノエル?」

「言葉でどう言ったところで、このディアフィス聖国を攻撃するならボクの敵だ。そして……ボクは、絶対に騙されない」

「っ……」


 その口から発せられたのは、明確な拒絶の言葉。

 でも……本当にそう思っているのなら。

 そんなに苦しそうな顔はしないでほしい。

 どれだけ厳しい言葉より、その表情の方が胸に突き刺さる。


「それでも、僕は――」

「くどいっ!」


 言いかけた言葉を断ち切り動き出すノエル。

 僕は迫ってくる彼女へ手をかざし……。

 ……どうする?

 氷の壁で拒むのか? 刃で斬り裂くのか? 弾丸で撃ち抜くのか?

 どれも、違う気がした。

 躊躇いが隙を生み、その一瞬でノエルは懐まで潜り込んでくる。その表情は伏せられていて読み取れない。


「敵は倒す。それだけだ!」

「ユウキ!」


 背後から聞こえたのはシェリルの声。もしかしたら身体が動いたのはそのおかげだったのかもしれない。

 繰り出された拳の軌道に腕を割り込ませる。一撃を防いだ二の腕を鈍い振動が襲った。


「俺たちは撤退するぞ。アイツなら大丈夫だ」

「で、でもよ……!」

「……シェリル。目的を間違えたら駄目」

「グルル……」


 シェリルは渋っていたけど、彼女とトゥリナを乗せていたバルーはアベルの意を汲んでくれたらしい。撤退に移った彼らの気配が遠ざかっていく。


「行かせるか――!」

「悪いけど、邪魔させてもらう!」


 横をすり抜けてバルーたちを追おうとするノエルの前に立ちはだかり進路を塞ぐ。

 放たれた拳は先ほどのように腕で防ぎ、次の攻撃はダメージを半分ほどに抑えつつ受け流し、その次の一撃はほぼ完全にいなす。

 本来こんな芸当が出来るほど僕の反応速度とノエルのスピードの間に差はない。

 それが可能な理由は、ひとえにノエルの初動に一瞬の遅れがあるからだ。


「止めるっていうなら……最大の一発で退けるまでだ」


 わざわざそう呟き、ノエルは拳の間合いの少し外まで下がった。

 構えた右拳に集中した魔力はその威力を示すように淡い輝きを宿す。


「手心は、加えない!」

「望むところだ!」


 こんな隙だらけの攻撃、初動を潰すのは容易い。そうでないにしろ、せめて避けるべきだ。

 だというのに、身体は魔力を込めた両腕を交差させて防御の構えを取る。

 ……命中。

 その時ようやく、この砦に到着した時に伝わってきたのはこの一撃の余波だったと気づく。

 今度は至近距離で力が解き放たれ、衝撃波と地揺れを引き起こした。


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