79.セントサグリア――9
――ディアフィス聖国王都、セントサグリア上空。
僕はコーネリア、そして彼女が連れていく事を望んだシャスティ家の人々を乗せた氷竜の具合を確認していた。
ロマクス家で保護した二人を乗せていたのとは別口、新たに作ったのは二体。シャスティ家の使用人にはディアフィス側や他貴族からスパイとして送り込まれてきた人員も多かったらしく、いざ連れていこうという人数は予想より少なかったのも理由の一つだ。
状況を説明している余裕は流石に無かったから、軽く催眠にかけて身体の自由と声量を抑えさせてもらっている。
まぁ、最終的に問題になるようなら僕関連の面倒な事は忘れてもらうとしよう。
氷狼より作り慣れないとはいえ、元から空を飛ぶフォルムをしているだけあって単純な飛行能力を優先するなら氷竜の方が適している。この分なら多少急いでも問題なくついてこれるだろう。
さて……。
「じゃあクリフ、皆に撤退の指示を。あと、援護が要りそうなところがあれば教えて」
「了解した」
番も兼ねて負傷した兄弟と同じ氷竜に乗る氷人形に尋ねる。
その応えによると、問題なく撤退できそうなのはランカ、ラルス、アベルの組。
一緒にディアフィス側と交戦してる軍へのフォローは必要だけど戦況は優勢なのがリエナ、ティス。
そして……劣勢で援護が必要そうなのがフィリ、バルー。
とりあえずラルスとランカはそれぞれリエナ、ティスの撤退のサポートに向かってもらうとして。
確かフィリたちはヘンリー、バルーたちはノエルと戦ってるんだっけ。
僕は直接ヘンリーを見た事はないけど……ノエルはきっと、それが使命である限り決して敵を逃がそうとしないはずだ。それこそ地の果てまでも追ってくるだろう。
少し考え、もう戦線は離れたというアベルに言葉を届けてもらう。
「アベル、まだ余裕はある?」
「特に問題はない。どこの援護に向かえばいい?」
「東のソイトス砦でバルーたちの支援をお願い。難しいようなら無理に撤退する必要はないから。少し寄り道したら、僕も行く」
「ソイトス砦……相手は、ノエルだったか」
「うん。……出来れば説得もしてくれると助かる。聞いてくれないと思うけど」
「だろうな。だが、善処しよう」
アベルに礼を言って会話を切り上げる。
……多少急ぐくらいなら、氷竜の速度でも問題はなかった。ただ、全速力を出したいとなるとどうしても置いていく形になってしまう。
氷竜に魔力を注いで少しでも速度を上昇させながら、焦りやもどかしさが募っていくのを感じていた。
「……ユウキ、だっけ?」
「ん?」
「これだけの氷竜を容易く操る力……わたしには『凍獄の主』くらいしか心当たりがないんだけど」
「えっと……まぁ、うん。そうなるかな」
やっぱりバレるか。
知られてるより無名でノーマークの方が何かにつけ都合もいいし、隠せるなら隠しておきたかったけれど……力を使う以上は仕方ない。
これから戦いに乱入すればディアフィス側にも知られるのは避けられないだろう。
「思ったより動揺してないみたいだね」
「もう道は選んだ後だからね。正体は隠してても、話の内容は嘘じゃないでしょ。そりゃ聞きたい事が無いとは言わないけど、別に今じゃなくてもいいわ」
「そ、そう……移動中だし、話くらい出来るけどさ」
「なに、聞いてほしいの?」
「そういう意味じゃないって。ただ、後で話す事になるなら別に今でもいいかなって」
「あら、そうなの? じゃあ軽く聞いておきましょうか」
そういうわけで、一応他の人には聞こえないようにしつつ大体の事は話す羽目になった。
「天裂く紅刃」の事とか、サグリフ王朝再興の計画だとか……。
魔王たちの具体的な能力みたいに、あからさまにリスクの大きい情報まで口を滑らせることは無かったはずだ。
ただ、小学生のような外見を裏切る強かさに終始手玉に取られていたような感覚は否めない。本人の言葉を信じるなら実年齢はほぼ二十歳だと思えば妥当……なのかな?
彼女もまた政争の中を生き抜いてきた猛者には違いない。そう再認識させられるようだった。




