78.セントサグリア――8
――旧サグリア王朝を滅ぼしたクーデター、そして勇者の召喚にまつわる事情。
とりあえず今のディアフィス聖国は潰して何の問題もないって事は分かった。
もうここの用事はほとんど済んだな。
最後に一応、今まで誰に聞いても芳しい答えが返ってこなかった剣の勇者について尋ねてみる。
……結論から言えば、ゲレルブも剣の勇者については知らなかった。
ただ、そのような戦力を隠し持っている可能性のある貴族は複数存在するという。
暴走を続け酷い有様のディアフィス聖国で、現王キオルエフに代わって権力の座をものにしようと企む勢力。
勇者を警戒して陰で暗躍するに留まっている彼らの一部が、勇者に匹敵する戦力を確保しているという噂があるらしい。
ディアフィス内に存在する、現王権とは別の連中……彼らは機が熟す時を待って国中に戦力を潜ませているとのこと。
戦争に明け暮れているせいでディアフィス側も彼らについては知らない事の方が多いそうだ。
この第三勢力? も奴隷云々には肯定的というか、そっちの面では下手すれば現ディアフィス側の連中より酷いらしいから敵なのは確定。
事態が動いた時、コイツらがどういう反応をするか……それも考慮しておく必要があるだろう。
さて……このハゲにもう用は無い。
誤魔化しようの無い証拠が残ったけど、どうしよう……。
まぁ、ここまでやったなら両腕無くなってても一緒か。奴隷をこれ以上傷つけられないように、左腕も凍らせて砕いておく。
数分で自動的に催眠が解けるようにだけ設定し、崩れ落ちるハゲには目もくれず屋敷を去る。
二人の子供を保護した氷塊はこっそり生み出した氷竜と上空に待機させておいて、と。
これまで通った道を逆に辿りながら、王城の結界にだけ引っかからないよう気を付けつつ僕の魔力の痕跡を消していく。
これなら誰かが魔力の隠蔽をした事には気付けても、それが誰の魔力だったのかは分からないだろう。
そうやって僕を特定できる痕跡を消しながら、再び訪れたのはシャスティ家。
氷製の合鍵でドアを開け、先ほどと変わらない面子に催眠をかける。
いや……むしろ解いたと言った方が正しいか。
今回は特に意識を封じる事もなく、たださっき話した時の記憶を思い出してもらうだけだ。
恐慌とは微妙に違う感じでテンションを上げる二人のメイドを制し、コーネリアは鋭い目つきで僕を見据えてくる。
「――そもそもわたし、まだアンタの名前も聞いてないんだけど?」
「あっ」
そういえばそうだった。
「凍獄の主」の名は……今出すのはマズいかもしれないな。
「えっと……サグリア王朝の後継、ラミスの保護者。僕の事は優輝って呼んでくれればいいよ」
「ふぅん」
とりあえず僕らの目的とか根回しの状況を、魔王云々は伏せつつ伝えていく。
コーネリアは根回しした旧サグリア王朝の臣下だった人たちの一部と面識があったらしく、そのおかげもあって話は信用してもらえた。
「奴隷の無い世の中……また面倒臭い事を言う奴がいるものね」
「でも、確かコーネリアは今の奴隷制度には反対なんだよね?」
「当然よ、面倒ってのはそういう意味じゃないわ。それで無茶するってんなら話は別だけど」
「それはこっちも同じ考えだから大丈夫」
「同じ考え、ね……ところでずっと客人を立たせてるのも失礼ね。座れば?」
「あ、うん」
断る理由もなく、コーネリアの向かいの椅子に腰かける。
彼女の座る椅子は他の物より大きい為に目線が同じ高さになる。菫色の瞳を油断なく光らせ、コーネリアが口を開く。
「――で? 別にそれだけ言いに戻ってきたわけでもないでしょう?」
「うん。頼みたい事は一つ、アーサーの説得だ」
「…………」
「あと、彼への義理立ても兼ねて君も安全なところに連れ去りたい。家族とか王都に残したくない人がいれば一緒でいいからさ」
「随分ストレートに言うのね。一緒っていうのはどれくらい?」
「軽く二十人は平気。急いで往復すれば今この屋敷にいる人全員くらいは何とかなると思う」
「ちなみに、断るって言ったら?」
「……凄く困る。説得に関しては催眠とか逆効果だろうし、人質に取って嫌われるのもリスクが大きいから」
「なるほどね」
散発的な質問と答えのやり取りが繰り返される。
やがてそれも途切れ……長考の末、遂にコーネリアは小さく頷いた。
「――分かったわ。アンタに……いえ、ラミス様の復権に協力する」
良かった……。
その返事に、思わず安堵の息が零れた。




