77.セントサグリア――7
――確か、ツーベリオ家の当主は後見を務めるヘンリーと共に戦線に立つ事が多いんだったな。そうすると今もヘンリーと共に留守にしている可能性が高い。
なら、狙うべきはレオンの後見であるロマクス家が妥当か。
描いてもらった地図を頼りに、貴族街の中でも中心に位置する一際派手な屋敷を目指す。
見張っている連中はさっき訪ねたシャスティ家と比べるとだいぶ少ない。いや、アーサーの雇った傭兵団一つ分シャスティ家を見張る人員が多いだけか。
コーネリアに接触した時と手口は同じ。
気配を断ち姿を隠して移動を行い、警備や標的の情報は適当な相手を催眠にかけて聞き出す。
……いや、実際は聞き出すまでもなかった。
微かに鼓膜を刺激した嫌な音の正体は二つの悲鳴。それが聞こえてくる方向へ向かうと、そこには一段と仰々しい扉が備え付けられていた。
鍵が掛かったそれを魔王の力に物を言わせて強引に押し開けると――。
……。
…………。
………………うん、少し落ち着いた。
発していた魔力を抑え、壊した扉の偽装がきちんと出来ているかを確認する。
「あ……」
「……ごめん。悪いようにはしないから、少し眠ってて」
掠れ声を上げたのはボロボロの格好をした少女。隣にいる弟と思しき少年共々催眠に掛けて眠らせ、その上で氷棺に封じて保護する。
怪我らしい怪我はない少女と違って、棘鞭で全身ズタズタにされていた少年の命を繋ぎ止める手立てはこれしか無かった。
そして……視線を移した先には醜悪に肥え太ったハゲ。
半ば無意識に「蒼槌」を叩きつけた右肩から先は完全に吹っ飛んでるけど……まだ生きてるな。催眠に掛けて意識を完全に殺すと、半狂乱になって振り回していた手足から力が抜ける。
おそらく部屋の防音仕様が、コイツ自身の悲鳴も遮ってくれたはずだ。元よりこの部屋の周りには誰もいなかったし、時間を気にする必要は無いだろう。
「…………ふう」
改めて深呼吸をして心を落ち着かせる。
思えばサグリフに戻ってきてから……いや、魔王として最初に目覚めて以来初めて見た奴隷の虐待。
数秒の事とはいえ、フラッシュバックした記憶に取り乱して意識が真っ白になっていた。
……判断を誤るな。やるべき事を間違えるな。
何度も自分に言い聞かせ、完全に操り人形と化したハゲ……ロマクス家が現当主ゲレルブへの質問を始める。
尋ねる内容は三つ。
旧サグリフ王朝を打倒したクーデターの真相。
勇者の召喚にまつわる情報。
そして、現在のサグリフが戦争を続けている状況について。
極めて不快だった声、余計な話は無視して重要なところだけ脳内で整理していく。
まず、クーデターを起こしたのは旧サグリフ王朝の老齢な大臣の一人。
ありとあらゆる手段で裏から手を回し、表向きには神託を受けたという主張を軸に謀反を実行。王族を尽く幽閉する事に成功する。
玉座に異様なまでの執着を見せていた大臣は「ディアフィス聖国」の基盤を固め、しばらくして老衰で死亡。
彼の所業も大概だけど、何より残していった二つの禍根が大きすぎた。
一つが王属研究室の長の地位を見返りにクーデターに協力した狂科学者。
科学というか実際は魔法なのはさておき、彼は名をゼディ・マドエトという。
権力を得たゼディはそれまで倫理性・危険性から禁止されていた実験を繰り返して多大な犠牲者を出していった。その中には先代の王旗、そしてその膨大な魔力を保有していたラミスの父王も含まれている。
そうした屍の山の上に築かれた一つが、異世界から凄まじい力を付与して人間を呼び出す……勇者召喚の魔法だった。
そしてもう一つが、老大臣の一人息子という事になっている現ディアフィス聖王キオルエフ・ディアフィス。今の戦争の元凶であり、奴隷絡みの問題を悪化させている点も踏まえれば諸悪の根源と言ってしまっても差し支えない程だ。
王座が手元に転がり込んできたキオルエフが囚われたのは、自分こそ他者の上に立ち全てを従える存在なのだという妄想。そこに他人の事など塵芥ほどにも思わない精神性が加われば最悪だった。
コーネリアが言っていた建前……それを信じ込み、自分の思い通りにならないものが悪いと本心から思っている。
それを諫めるべき臣下は老大臣が排除し、甘い汁の匂いを嗅ぎつけた連中が政権を牛耳って暴走を煽っている。それが現在のディアフィス聖国の実態という事だ。
救いだった情報を上げるとすれば、それは勇者召喚の手段が既に失われているという事だろう。
ゼディは些細な事からキオルエフの不興を買い、処刑。
あくまでゼディは研究材料として眠らせていた異世界人の力に気付いたキオルエフは彼らを勇者に仕立て上げ、兵器として転用。
更なる勇者を求めるも、残されたゼディの知識を正しく理解できる者はおらず……結果として、象徴とする武器を得られなかった不完全な拳の勇者の召喚を最後に要となる魔法陣が破損。
以後、どれだけ試そうと新たな勇者が現れる事は無かったのだという。
……これ以上情報を聞き出そうと考えなければ、話は単純なまま再びのクーデターで明日にもディアフィス聖国は潰えていたのかもしれない。
けれど、駄目元で訊いた質問から得られた予期せぬ方向の情報は酷く厄介なものだった。




