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76.セントサグリア――6

「そ、それじゃ次の質問」


 実は年上だと判明したコーネリアに動転する心を抑えつけ話を進める。

 ……やっぱり多めに見積もっても中学生には見えないな。

 いや、それは置いておくとして。

 親さえ差し置いて政争の只中にいる、しかも勇者の一人と繋がりの深い相手となれば彼女は僕が接触を狙っていた貴族の条件に合致している。むしろ好都合だ。

 外見に惑わされるな、そう自分に言い聞かせる。


「コーネリアは今のディアフィス聖国をどう思ってるの? 一応、建前と本音の両方を聞きたい」

「勇者の方々に選ばれた我がディアフィス聖国にこそ大義はあります。その威光の前にはどのような敵もいずれひれ伏す事となるでしょう。――これが建前ね」

「……それで、本音は?」

「バカげてるわ。寝言は寝て言えばいいのに」


 うわ、辛辣。これまでの言葉を聞いてたら分かる事だけど。

 自分で言った建前を一刀両断したコーネリアは不満も露わに話を続ける。


「勇者なんて戦力を得て調子に乗るとこまでは百歩譲るとして、よ。ほぼ全方位を敵に回して侵略戦争? 正気の沙汰じゃないわ」

「いま十九歳って事は、サグリフ王朝の頃の事も知ってる……って事でいいのかな?」

「ええ。……あの頃からね。勇者の召喚といい、色々おかしくなり始めたのは」

「戦争を収めて、今のディアフィスを打倒して、サグリア王朝に実権を返す。そんな事を計画している勢力に頼まれたら、協力してくれる?」

「成功の見込み次第ね。夢物語に乗っかって共倒れになるつもりはないわ」

「勝算は十分にある。君の協力が欲しいのは無用な犠牲を減らしたいからだ」

「それが本当なら異論をはさむ余地は無いわね。本当なら、だけど」


 ……よし。これなら説得も容易いか。

 良い答えが聞けた事に内心でほっと一息つく。


「ところで、ディアフィス聖国のクーデターの詳しい事情とかって分かる?」

「知ってるわけないじゃない。ウチ(シャスティ家)はそもそも商人組合の元締めが爵位を貰っただけの弱小貴族よ」

「ああ……確かに、アーサーのせいで政争に巻き込まれたみたいな事言ってたね。じゃあ、勇者について何か知ってる事はある? 剣の勇者とか」

「知らないわ。精々鎖の勇者がとんだクズだって事と、糸の勇者が浪費バカって事くらいね。後は誰でも知ってるような噂程度よ。剣の勇者は……名前も聞いたこと無いわね」


 そうか……その辺りの情報になると、戦争を煽ってるような中枢の貴族とかを当たるしかないのかな。

 いや――それなら直接親玉を叩いた方が早いか。


「仮定の話として聞くんだけどさ。今から城に突撃してディアフィスの王様を攫うとしたら、何が障害になると思う?」

「…………。……まず、魔法が使えないわね。城の敷地で魔法を使えば全部警備の兵に把握されるから、事前に申請の通っていない魔法が検知された瞬間に城中の……いいえ、王都中の兵を敵に回す事になるわ」


 流石にコーネリアにとっては突拍子の無い質問だったのか、答えが返ってくるまでに数秒のラグがあった。

 それにしても魔法検知か。

 思い出されるのは初めて王都に来て魔力探知を試した時、城を守るように展開されていた巨大な結界。


 魔法が使えない、か……それは厳しいな。

 いくら気配を消しても、直接目視されてしまえば見つかる危険性は跳ね上がる。まして兵からすれば最優先で守る対象である王の元へ向かう不審者ともなれば、気配を消すだけで誤魔化すのは不可能に近い。


「それに、今こそ勇者は出払っているけれど……いえ、出払っているからこそ。王都全体で警戒が高まっているわ。潜り込むっていうなら、勇者がいる時より難しいかもしれない」

「…………」


 ……いや、これは寧ろ僕の方が王城の警備を舐めていたと言ったほうが良いのかもしれない。

 欲を出すのはやめて大人しく貴族を標的にするか。


「少し話が戻るけど、クーデター絡みの事情に詳しそうな貴族は分かる?」

「それなら他の御三家を当たれば間違いはないんじゃないの? 取り合ってもらえるかは別だけどね」

「御三家?」

「今の王家から勇者の後見を認められた貴族が最近そう呼ばれてるのよ。きっかけはアーサーだと思うけど……今いる六人の勇者。そのうち三人は王家が直々に後見についてて、残り三人の後見は特に王家に重要な貴族が信頼の証として任命されたって事になってるわ。結局のところ勇者は全員王家に属するものって形をはっきりさせておきたかったんでしょうね」

「な、なるほど……」


 それって結果論とはいえ、コーネリアのシャスティ家もかなり凄いって事になるんじゃ……。

 ああ、だから政争がどうとか言ってあんなに嫌そうにしてたのか。

 そんな中でこうして王家に思いっきり反発する思想を持ちながら健在なんだから、そう考えると目の前の少女もまた非凡な存在なのだと思わされる。


 他の御三家とは、レオン(鎖の勇者)の後見を務めるロマクス家、ヘンリー(鏡の勇者)の後見を務めるツーベリオ家の二つ。

 コーネリアは場所を知らなかったけど傍に控えていたメイドの一人が知っていた為、簡単に地図を描いてもらう。


「――それじゃ、三人は催眠に掛けられてからの事はひとまず忘れて。その間の記憶に関しては適当に、三人全員が納得できるものを捏造する感じでお願い」


 言葉で条件付けを強め、一度催眠を解く。

 僕は改めて気配を消すと冷気を纏って姿を隠し、窓を開けてシャスティ家を後にした。


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