75.セントサグリア――5
「――ディアフィス東部、ソイトス砦。拳の勇者の参戦を確認した」
「そうか……」
雪像の報告に小さく頷く。
思うところは色々ある。けど……皆が戦ってるんだ。余計な感傷に浸っている暇はない。
「なお、北部のポジルフ砦に勇者が現れる様子はない」
「ポジルフ砦っていうと、アベルたちが向かったところだね」
「うむ」
聞けばポジルフ砦は既に壊滅的な状況まで追い込まれているのだという。
陽動でこれ以上引っ張り出せる予備戦力は無いってことか。
「じゃあ、行ってくる。オリク、ラミスをお願い」
「任された」
「余は一人でも問題ないのじゃ」
「まぁ、そう言わずに。……それじゃ」
僕自身も気配を消して密かに結界を抜け氷翼を展開。勢いよく飛び立ち、ティスたちが戦っているのを横目に真っ直ぐ王都を目指す。
途中で見えたのはフィリたちが戦うエルトーグ砦だろうか。様子を見に行きたい衝動を堪え、より強く翼を羽ばたかせる。
王都ではそこまで魔力を消耗する事はない。だから今は無茶をしてでも、とにかく速く!
「――見えたっ」
久しぶりに目にするディアフィス王都。
荒れていた呼吸を整えるついでに僕の傍の空気の温度を下げて……と。うん。
生成した氷鏡で具合を確かめ一つ頷く。
ダイヤモンドダスト風に生み出した細かい氷粒での光学迷彩もどき。結界の外でも十分機能しているな。
城壁を越え、王都の中へ。上空から探せば大勢にさりげなく監視されている家は幾つか見つかった。
その中で狙いやすいところにいるのを適当に見繕って催眠にかけると、三人目でターゲット……シャスティ家の場所を聞く事ができた。
ついでに尋ねてみたところ、シャスティ家を見張っている彼らはこの辺りを縄張りにしている傭兵団。アーサーが不在の間、影に日向に護衛するのが仕事なんだとか。
姿を隠したままシャスティ家へ侵入。出会う使用人に催眠をかける事数回、この家の家事全般を取り仕切る老執事を捕まえる事に成功する。
警備の類を潜り抜け、護衛を誤魔化してコーネリアの部屋へ辿り着く。中に居た三人にまとめて催眠をかけて……と。
「ところでコーネリアって誰?」
「わたしよ」
「えっ」
尋ねると答えたのは金髪の少女……少女?
まぁ、他の二人はメイドの格好をしているからそうなんだろう。それに催眠がかかっているんだし、彼女が嘘をついている可能性もない。
とはいえ……まさかアーサーがロリコンだったとは思わなかった。下手をすればラミスより幼く見えるレベル。十歳いってない可能性だってあるんじゃないか?
…………。
ひとまず動揺を抑えて今の状態を伝え、警備とか他に面倒になりそうな要因が無いか確認する。
コーネリアによれば護衛とかの心配はないけれど、家族が不意に訪れる可能性くらいはあるとの事。話に没頭して気配探るのを疎かにしないようにだけ気を付けておけばいいか。
「――じゃあ質問。君はアーサーの事をどう思ってるの?」
「勇者様に選ばれ、そして今も全幅の信頼を寄せて頂けている事……光栄に思っていますわ。建前上は」
「えっと……それなら本音は?」
「気持ちは分からないでもないけど、よくもまぁ居合わせただけのわたしを伏魔殿に引きずり込んでくれたものよね。おかげで面倒な政争にも巻き込まれるし、心臓が幾つあっても足りないわ」
うわぁ……。
今まで催眠でこういうのを聞き出してきた現場の人と違って、確かにこういう二枚舌を使い分けてる相手なのは分かるけど。
本音に切り替えた瞬間に喋り方まで変わったコーネリアに少し気圧される。
ただ、憎まれ口ではあるけれど嫌っている感じはない。それにアーサーの方も、傭兵団を雇ってまで彼女の事を気にかけているわけで。
そう考えれば割と良い関係みたいな印象を受ける。
というか今の言い方を聞いてると、まるでコーネリア本人が政争の渦中にいるみたいに聞こえるけど……。
「君がそうなら、やっぱりご両親も苦労してるの?」
「両親? むしろこっちがフォローに四苦八苦する始末ね。ボンクラな親を持つと大変よ」
「って事は、政治とかその辺は君が回してるって事?」
「そうよ。これでも今年で成人する身だもの、文句は言わせないわ」
「ええっ!?」
これまでで最大の驚愕に催眠まで解けそうになり、慌てて意識を集中させる。
年上……だったのか。




