74.多面作戦――2
「凍獄の主」、「天裂く紅刃」の戦力に四方を攻められるディアフィス聖国。
最高戦力である勇者を投入するも状況を打破するには至らず……更に魔王側の侵攻は激化する。
現在、南に隣接するマゼンディーグ帝国を除き全方位と敵対しているディアフィス聖国。
その戦線は勇者の戦力を頼みにした危ういものだが、それとは別に戦の必定として軍を支えているものがある。
それが、食料や追加の兵といった後方支援の要となる砦だ。
西のエルトーグ、北のポジルフ、東のソイトス……その三つの砦もまた襲撃に晒されていた。
西方エルトーグ砦を攻めるは「山河穿つ一滴」、そしてクロアゼルの眷属ヴァンとネロ。
フィリの放つ雫の弾幕は健在で、あっという間に砦の外壁を打ち崩した。
重要拠点を守るために配置されている兵が続々と現れるも、フィリはほぼ独力でその全てを屠っていく。
防衛兵もその惨状に遠距離からの攻撃に切り替えるが、生半可な魔法や飛び道具では弾幕を超えてフィリたちを傷つける事は適わない。
「なぁネロ、もしかして俺たちの出番って――」
「――無けりゃ良かったんだが、なっ! 『空砲』!」
ヴァンの言葉の途中で上空に手を翳したネロ。その手から放たれた風の砲撃は雫の弾幕をすり抜け、降り注いだ魔力の塊を逸らし直撃を防いだ。
「チッ……防がれたじゃないか役立たず! まだだ、敵が消えるまで撃ち続けろ!」
「…………」
そんな罵声と共に、上空から更に魔力弾が降り注ぐ。
対するフィリは弾幕の密度を上げ、魔力弾を削りきる事で身を守った。
「あれは……」
見上げれば半透明の竜に跨る二つの人影。
一つは金の装飾が施された鎧を着た貴族風の男のもの。そしてもう一つは、この距離からでも分かるほど強い魔力を帯びた鏡を持つ、十歳ほどの白髪の少年のもの。
「鏡の勇者、ヘンリーって奴かな。能力は確か鏡から出す幻影を実体化させて攻撃するんだっけか」
「ってことは、ラルスと同じ能力かよ!?」
「……ううん、違う」
狼狽えるヴァンに、独り言のようにぽつりと呟くフィリ。
一つ頷いてネロが補足した。
「というかほぼ別物だろ。少なくともコイツの攻撃そのものは普通に実体がある。攻撃の威力だってラルスより上だな……っと」
言い終わるより早く、今度は巨大な光柱が落ちてきた。
その威力は雫の弾幕でも防ぎきれない程で、フィリたちは飛びのいて回避する。
「ただ溜めがやけに長い。鬼みたいに連射される心配はなさそうだ。それに……」
「ああ、俺も気づいたぜ。アイツの攻撃は鏡から出てくる。つまりっ……避けやすい!」
そう言ってヴァンは弾幕を掻い潜ってきた細い光線を躱す。
ネロが起こした風はヴァンの火力を劇的に増幅し、生まれた炎嵐と雫の弾幕が上空のヘンリーたちに襲い掛かった。
――北部、ポジルフ砦。
現在攻撃を受けている主要な砦と同じく堅牢な石造りの要害は、本来ならたとえ一軍を相手にしようと十分に持ちこたえる事ができるよう設計されている。そして兵力も、籠城に留まらず生半可な敵であれば撃退できるほどの数が揃っている。
しかし……現在、そのポジルフ砦は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「南門だ! 南門が破壊されようとしている!」
「馬鹿、敵は既に侵入しているぞ! 狙いは兵糧庫――ガッ!?」
「で、出たぁあああ!? 敵は東の駐屯――ジっ!?」
「クソ、ウチの勇者共は何をして――」
決して狭くはない砦の各地で起こる被害。
そして何より、敵の姿さえ捉えられないまま次々と狩られていく兵たち。
指揮系統はとうに瓦解し、新たに兵を纏めようとするものは優先的に仕留められる。
勇者は現れず……ポジルフ砦は、陥落寸前まで追い詰められていた。
いや、正確に言えば勇者は居た。
魔王クロアゼルの眷属たるグラハム、レヴィアの二人が風と水を操って生み出した簡易の遮蔽結界で身を隠し、兵を容赦なく血祭りにあげていた人物こそ鞭の勇者アベル。
或いは慎重に周囲を窺っていれば、簡易ゆえに生じる空間の揺らぎや隠せない気配に気づけたかもしれない。
しかし恐慌状態に陥った兵たちにそれは適わず……縦横無尽に跋扈する三人の刺客による蹂躙は続いた。
ディアフィス東部の戦線を支えるソイトス砦。
ここを襲撃したのは魔王「光喰らう魔獣」ことバルー、そしてクロアゼルの眷属シェリルとトゥリナの三人。
かつてユウキに襲い掛かった時とも違う黒い狼のような熊のような完全な獣の姿と化したバルーは、二人の少女の支援を受けながら圧倒的な破壊力で砦に多大な損害を与えていた。
「そこまでだっ!」
砦の狂騒を切り裂く叱声。
咄嗟にバルーが飛びのいた地面に亀裂が走る勢いで飛び降りた少女はノエル。
「遅ぇんだよ無能」
「なんだハズレか……」
混乱の中、ノエルに気付いた兵士たちから聞こえてきたのは罵声。向けられるのは味方に対するものとは思えないほど冷めた、或いは悪意に満ちた視線。
それを感じたシェリルは小さく舌打ちを漏らし、トゥリナも不快そうに表情を曇らせる。
「なぁねーちゃん……ノエル、ってんだっけ? こんな奴らのために――」
「敵と交わす言葉なんて無い!」
「グルッ……」
同情の色を帯びたシェリルの声を断ち切り動くノエルを、バルーも低く唸って迎え撃つ。
硬く閉ざされた砦の門さえ力尽くで破った爪が少女の拳と衝突し……鮮やかな鮮血が宙に散った。




