72.セジングル王国郊外――2
――クリフに頼んで各地に連絡を飛ばしてから五日、作戦当日。
僕は戦場の一つとなるセジングルとディアフィスの国境近くに簡易の結界を張って身を潜めていた。
実際に戦闘に参加する面子はティス、レン、レミナ。留守番って線もあったけど一人にするのが色々心配で連れてきたラミス、その護衛として手が空いていたオリク、連絡用にクリフの宿る雪像もある。
いざとなればラミス自身も戦力として強力だし、僕ら側の重要人物と戦力は今この一か所に集中していると言っていい。
「――時間ね。レン、レミナ、準備はいい?」
「当然」
「いつでも」
「三人とも、無理はしないように」
「分かってるわ。それじゃ、行ってくる」
そう言うと三人は気配を消したまま結界を出る。向かう先はディアフィス聖国側の部隊が張っている陣営。
やがて轟音と共に雲を衝くような火柱が立ち上がった。
「始まったか」
「うん。他のところはどう?」
「いずれも初動は問題ないな」
その情報にとりあえず一息つく。
目の前ではティスが操る炎が陣営を荒らし回る光景が繰り広げられている。
意図的に隙のある攻勢を前に、幾つかの部隊が纏まっての応戦を始めた。
ティスたちは力加減を調節しながら少しずつ後退し、相手を誘い出していく。
やがて……。
「――この機を逃すな! 我らの国から侵略者どもを叩き出せぇえええ!」
戦場に響き渡る叱声。
地を揺るがす鬨の声がそれに続き、セジングル側からも部隊が前に出てきた。
ディアフィス軍は一瞬統制を失って浮足立つも、ティスたちが攻撃の手を緩めた為か踏み止まる。そして両軍が激突した。
セジングル側が自分たちの縄張りである森を拠点としたゲリラ戦を主にしていたこともあり、数の上ではディアフィスが圧倒的に上回っている。
これなら約束を違えないレベルでティスたちが戦ってもしばらくは持つだろう。
「…………」
「……ラミス。辛いなら無理に見なくても――」
「ならぬ。この光景の責任は、余のものでもあるのじゃから」
「でも……ラミスだけの責任でもない。それは、忘れないで」
この世界は、日本とは違う。
それこそ普通に生きていたって、誰かを殺さないと自分が死ぬような事が人生に何回かはあるような世界だ。元々レンたちに戦う為の力をつけさせたのも、その時の為で……。
だから、せめて眷属の皆には人を手にかけてほしくなかったなんて思っちゃいけない。何度も考えて、その上で決めた事なんだから。
「クリフ。他のところの様子は?」
「概ね計画通りだな。……リルヴィス軍も今戦線に加わった」
「そうか」
数で押し潰そうとするディアフィス軍だけど、ティスたちの援護で被害も少ないセジングル軍も士気は高い。
そんな拮抗した戦場に、突如として巨大な光線が放たれた。それはティスが展開した炎盾に阻まれ、空中で激しい衝撃波を発生させる。
「――尻尾巻いて逃げた負け犬が、今更何の用? わざわざゴミの尻拭いさせられるこっちの事も考えなさいよ!」
来たか……。
できればあまり聞きたくなかった声に少し顔をしかめる。
上空で不機嫌そうに騒いでいるのは、杖の勇者マチルダ。
挑発なのか素で言っているのか判断し難い彼女に対するティスの反応はシンプルなものだった。
「あれ……アンタって、こんな弱かったっけ?」
耳を澄ませてようやく聞き取れるような呟きは、しかしマチルダにもはっきり聞き取れたらしい。その表情がいっそ劇的と言っていいくらいに歪んだ。
「はーぁああああ!? 久しぶりだからって調子乗ってんじゃないわよ負け犬の癖に!」
金切声で叫んだマチルダの手元に、さっきの光線の比じゃない魔力が収束する。
味方の事など一切考えていない軌道で放たれたのは、そのまま地面に命中すればディアフィス、セジングル両軍が吹き飛びかねない力を秘めた漆黒の球体。
それに対して炎翼を展開して飛び上がったティスの手には、同じく炎で生成された長剣。大きく振りかぶったそれは更に巨大化し――。
「斬り裂け『灼滅紅剣』ッ!」
一閃。
両断された魔力弾は、爆発するより早く炎に焼き尽くされて消滅する。
それに一瞬だけ怯んだものの、即座に弾幕を展開して接近を拒むマチルダ。対するティスも魔法と剣を併用して猛攻を凌ぎ、上空での戦況は拮抗した。
「ところでユウキ。エクスカリバーといえばユウキも使っておらんかったか?」
「ああ、それは……あまり深く聞かないであげて」
僕のだって元ネタは借り物だし、パクリがどうとか言うつもりはない。
魔法の名前にして映える剣のレパートリーって、有名どころだと割と少ないし……うん、仕方ない。




