70.魔王領――42
「――それでは、次は陰陽乱す妖狸の番ですわね」
「んー、それじゃユウキさんは連戦って事に? 大丈夫なんですか?」
「もちろん。私たちの主と同格の魔王ですもの、それしきハンデにもなりませんわ」
言ってくれるなー……いや、ランカの目的からすれば妥当な言い分なんだけど。
確かに消耗は大した事ないし、ハンデっていうならこの結界での戦いって時点でかなり僕に有利な状況だ。乗って乗れない事もない。
尋ねるようなラルスの視線に頷いて応える。
「そういう事なら、ここは一つ胸を借りるとしますかー。お手柔らかに願いまーす」
「じゃあ、よろしく。こちらこそお手柔らかに」
「お二方、準備はよろしくて? それでは――始め!」
ランカが合図を出す。
ラルスの能力は幻影を生み出し操る事。
さて、どう来る……?
様子を窺っていると、相手は無造作に指を弾いた。微妙に失敗したようなぱすっという音が響く。
「っ……!?」
次の瞬間、地を砕いて現れたのは大蛇のような無数の鎖。
更に上では空を覆い尽くす幾万もの武器が漂いこちらを照準する。
ラルスの方を見ても相手は指を弾いた姿勢から微動だにしていない。
けど、何より異常なのは――魔力を、感じない事だ。ラルスからはもちろん、現れた鎖や武器からも一切。
鎖は唸りを上げて迫り、武器は空気を裂いて矢のように降り注いできた。
感覚を最大限まで加速させ、天災かこの世の終わりのような攻撃を掻い潜る。
氷剣で斧を叩き落すと確かな手ごたえ。槍が掠めた頬からは確かに血が散った。
実体のある幻覚か、それとも既にラルスの術中に落ちているのか――。
「『濤凍華』っ!」
ばら撒いた氷の花で片っ端から凍らせるけどキリがない。武器も鎖も砕いた端から新しいのが出てくる中、持ち替えた双剣で必死に身を守る。
白雷みたいな大技を使う余裕さえ与えてもらえず、防戦一方に追い込まれてきた。
そして、再びぱすんと掠れた音。地上はもう鎖が暴れていないところの方が少ない程になり、僕は空中に追いやられる。
「――凄いなぁ。流石凍獄の主、無茶苦茶だ」
「それ、こっちの台詞、なんだけどっ……!」
「いや、そういう意味で言ったわけじゃなくってですね……」
呆れたような声になんとか返事をすると、ラルスは困ったような笑みを浮かべた。
そして三度、指を弾く。
「ぐっ……!?」
武器の雨が勢いを緩める。それとほとんど同時、左腕に焼けるような感覚。
虚空から現れた槍が――いや、違う。
新たな槍が、僕の腕に刺さった状態で現れた。
何気はっきりした形じゃ初めての重傷だけど、そんな事気にしてられる状況じゃない。
刺さった槍を引き抜き、痛みからか更に加速した思考で打開策を練る。
唯一の救いは襲い掛かる武器そのものは普通の品らしい事。フィリの操る雫の弾丸とは違う。
ならば――!
「――『氷槌』ッ!」
両手を振るい、冷気の槌で強引に武器の雨を吹き飛ばす。
不可視の攻撃を避けるように不規則な動きでこじ開けた細い活路を突き進み、氷盾で瞬間的に作った足場を蹴って更に加速してラルスに迫る。
「マジっすか……!?」
「だから、こっちの台詞だって!」
動揺を見せるラルスを隠すように鋼色の巨壁がそびえ立った。
手元の氷の大剣を生み出し、速度を一切緩めずに突っ込む。
「叩き斬れ――『巨氷潰剣』ッ!!」
渾身の一閃で両断された壁を吹き飛ばし、最後の疾走。
勢いに任せて掠めるような斬撃を地面に刻むと、ラルスは降参とばかりに両手を上げた。
――ランカが僕の勝利を宣言した後。
幻影が消えると同時、無数の鎖と武器に蹂躙されていたはずの地面はほとんど元通りになっていた。残っているのは僕の攻撃の余波による傷くらいだ。
ちなみに見事に貫かれた腕の傷は、目に見えるほどの速度で塞がっているところだった。思ったより痛くないのもあって、我が身ながら少し不気味な気もする。
「……で、あの幻影っていったい何なの?」
「それは大事な飯のタネ――って、見逃してもらえる雰囲気じゃなさそうですね。はは……」
気づけばいつの間にか来ていたティスとランカ、そしてリエナ。三人の視線を受けたラルスは乾いた声で笑うと、新たな幻影の剣を一つ手に取る。
「オレの能力は説明した通り、幻影を作るだけの能力ですよ。だからホラ、こうやったって実際には何の害もありません」
そう言ってラルスは自分の腕を剣で斬る。確かに刃は通り抜けたけれど、血の一滴も滴る事は無かった。
「つまり幻だと理解していれば影響は受けない、でも本物だと思い込めば実際に斬られるってやつ?」
「そう! まさにそれです。早い話がこの幻影、寝てたり気絶してたりする人には全くの無力なんですよー。ユウキさんに能力効いた時は正直イケるかなって思ったんですけどねー。まさか幻影全てに競り勝たれるとは怖いお人だ」
「えー……そっちこそ本気出してたら無事じゃ済まなかったんじゃないかって思うんだけど」
「いえいえ、それこそ買い被りって奴ですよー」
とはいえ貫かれたのが腕じゃなく頭か心臓だったら僕は死んでたかもしれないわけで。
相変わらず底知れないラルスの刀身を撫でると、やっぱり切れた指先から血が滴った。




