69.魔王領――41
「――それではお二方、準備はよろしくて?」
「……問題ない」
「まぁ、いつでもいけるけど」
ティスたちが帰ってきた翌日。
僕はどういうわけか、雪原の一画でフィリ……山河穿つ一滴と向かい合っていた。
いや、どういうわけかっていうと試合の為なんだけど。なんかランカが話をぐいぐい持っていって、いつの間にかこんな事になっていた。ちなみにこの後はラルスこと陰陽乱す妖狸との試合も控えている。
確かランカが言うには、この試合の目的は二つ。表向きには互いの連携の為に一度実際に戦って動き方を把握するというもので、裏の狙いは実力差をはっきりさせて主従を明確にしておくというもの、だったか。
初めて会って数日も経たないうちにってのが少し急だけど、言いたい事は分からなくもない。
僕にしてもこういうのを娯楽とかコミュニケーションの代わりにしてきた部分は少なからずあるし、まぁ反対する理由も無かった。
実際、眷属の皆も見物に来てるし――って、もしかしなくても全員いる?
なんだかやりにくいな……。
「それでは――始めっ!」
「…………」
ランカの合図と同時に動いたのはフィリ。彼女が腕を振り上げると、その袖から一粒の水滴が真っ直ぐに放たれる。
確かこの雫、重いんだっけ。じゃあ盾も厚くしといた方がいいかな。
「氷盾っ」
いつもは板状に生成する氷盾を、今回はブロック状に生み出して様子を見る。
氷盾に着弾した雫は勢いを全く緩めることなく突き進んできた。ちょうど肩を貫く軌道だった一発を、身を逸らしてやり過ごす。
「へぇ、凍りもしないんだ」
「…………」
呟きにもフィリは無言。
実際は冷気を集中させればいけそうな気もしたけど雫の速度を考えると面倒だし、そこに拘るメリットもなさそうだ。
初撃は様子見だったのか、黒髪の少女が力を蓄えるように右腕を構えるのに合わせて宙に無数の水滴が現れる。その数、密度を考えれば並の人間は回避もままならず文字通りの蜂の巣にされてしまうだろう。
ただ……これくらいなら、眷属の皆の身体能力でも安全圏まで逃げ切れそうだな。
腕が振り払われるのと同時に放たれる弾幕。走って危険域を脱し、そのまま側面に回り込む。
「……!」
「おっと――」
距離を詰めようとした僕の前に新たな雫の弾幕が立ち塞がった。その規模は直前の攻撃の優に数倍。
「さっきの溜めはフェイクか……!」
この距離からじゃ少し逃げ切れない。氷翼で上空に避難してもいいけど……少し考え、手元に使い慣れた氷の長剣を生み出す。
弾幕にさっと目を通し、密度が比較的小さくなっている手近な部分を突破口に選ぶ。
試す意味も兼ね、邪魔な幾つかの水滴に斬りつけてみる。
「っ……!」
――なるほど、重い。
雫の一粒一粒が下手をすればボウリングの球より重いんじゃないかってくらいの手応えが返ってきた。魔王としての力も普通に使ってそんな感覚なんだから、実際の重量は下手したらt単位にもなるかもしれないな。
「それでも――!」
「ッ……!?」
ここで回避に失敗してもそこまで酷い事にはならないだろうけど、皆の前で血塗れになるのはできれば避けたい。
地表の氷を強化して砕けないよう足場を安定させ、全力を振り絞って一息に氷剣を振り抜く。
サグリフに戻ってきてから腕力って意味じゃ最大の力を出したかもしれないな。そんな事を考えつつ、晴れた弾幕の先をフィリへ歩み寄る。
「……まだ……!」
「次はそう来たか!」
どこか追い詰められたような表情になったフィリが手を振り上げる。
袖から放たれる一滴の弾丸……でも、次の攻撃の本命はそっちじゃない。
たった今切り抜けた雫の弾幕。それが、足元の地面から飛び出してくる。
実際ここの凍土は僕の手の内みたいなものだし、地下にあるうちに封殺する事は可能だ。ただ、可能なら結界の中だから出来るような力業はあまり使いたくない。ランカの言う裏の目的を考えるんでもその方が沿っているだろう。
「よっ、と……!」
氷剣を空中に固定し、それを手掛かりに身体を宙に躍らせる。次いで幾つか生み出した氷盾を足場にした三次元的な機動で危険域から離脱。
――決まった。
って、そうじゃなくて!
密かに練習してた成果が出た余韻を振り払い、新たに生成した氷剣をフィリに突き付ける。
「えっと……これで決着、って事でいいかな?」
「……はい」
「――そこまで! 勝者ユウキ!」
フィリが頷き、ランカが宣言したのを確認して氷剣を消す。
なるほどね……山河穿つ一滴の名は伊達じゃないって事がよく分かった。




