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68.魔王領――40

 ――魔王討伐の旅に出ていたティスが結界に帰ってきたのは、その数日後の事だった。

 リエナと迎えに行くと、ティスやアベルたち出発した時の面子に加えて見慣れない顔が二つ。

 勇者の魔力による異常な負担の影響かクリフいわく「使い物にならない」魔王が多かったらしく、遭遇数こそ多かったものの眷属に出来た魔王は僅かだったそうだ。


「おかえりー」

「ただいま。えっと、その子が例の?」

「魔王『焦がるる忌腕(ネシェーリエン)』……リエナ。で、そっちの二人が?」

「ええ。『陰陽乱す妖狸(ラカルスマーグ)』と『山河穿つ一滴(ナジアンフィリ)』……ラルスとフィリよ」

「紹介に預かりましたラルスです。未熟者ですがどうぞよろしくお願いします」

「宜しく」

「うん。二人とも、よろしく」


 ティスが手で示した二人と会釈を交わす。

 ふむ……。


 ラルスの外見は僕らより少し年上の青年ってところか。なんというか、凄く胡散臭い。この世界(サグリフ大陸)では珍しい眼鏡の奥の糸目といい、どこかわざとらしい饒舌な態度といい、軽い挨拶だけだっていうのに化かされたような印象を受ける。


 フィリはラミスやリエナと同じくらいの年齢に見える少女。第一印象が和服とか似合いそうって感じだったのは艶やかな黒髪が原因だろうか。その声は短く切りつけるようで、まだ警戒されてるように思える。


 ……二人とも、それぞれ別の意味でちょっと心配だな。眷属の皆とも接する機会は多いだろうけど、最初のうちは様子を見ておいた方がいいかもしれない。


「あ。『凍獄の主(クロアゼル)』さん、オレの事信用してないですね? なんだか皆似たような顔するんですよー。こう見えて義理堅いんですけどねえ」

「第一印象で信用されたいのなら、話し方から直してはどうですの? それと、その名を無闇に口にするのは控えてください」

「あっはは、ランカさんは相変わらず手厳しいですねー。えーっと、呼ぶ時はユウキさんでいいんでしたっけ?」


 ランカの小言を軽く流したラルスに頷く。

 なんだかランカみたいに真面目なタイプは相性悪そうだな。こう、ふとした事で手玉に取られてる様子が目に浮かぶ。


「ここであまり立ち話するのもなんだし、場所を移そうか。休憩がてら他の眷属も紹介するよ」


 僕の眷属ってわけじゃないティスやその眷属の魔王、あとアベルは結界に弾かれるから誰かが案内しないといけない。

 こう大勢を順番に結界の中に入れていくのは手間だし、結界を限定的に解除してまとめて招き入れる。

 森を抜けて雪原が広がる一帯に出ると、ラルスが感心したような声を上げた。


「ははぁ、話には聞いてましたけど……この雪原、ユウキさんが? 流石は最強と名高い魔王ですねぇ」

「そう持ち上げたって何も出ないよ。あと最強って言っても北域限定の話だから」

「いやいや、いくら自分の縄張りでもオレにゃ真似できませんってこんなの」


 褒められて悪い気はしない、はずなんだけど。どうにも額面通りに受け取れない。

 ……我ながらちょっと度が過ぎるかな。仲間になるんだし何でも疑ってかかるのは問題だろう。

 そう意識して考えを切り替える。


「――で、あれが普段暮らしてる家。ラルスとフィリの部屋は後で案内するよ」

「お世話になります。ところでこの屋敷はユウキさんが?」

「建てたっていうか、皆の故郷の家を持ってきて組み立てただけなんだけどね」

「いやぁ、流石ですねー。…………」

「ラルス?」

「あぁいえ、なんでもありませんよ? ちょーっと昔の事を思い出してただけです」


 近づいてきた屋敷について説明すると、ラルスは何か考えるような素振りを見せた。

 この口ぶりだと、ラルスはリエナとは違って憑依タイプの……元は人間だった魔王なのかな?


「おう、おかえり! 夕飯の仕込みも済んでるぜ」

「ただいま。ここの料理も久しぶりね」


 屋敷に入ると、ちょうどキッチンから出てきたエプロン姿のシェリルが出迎えた。

 屋敷に居た他の眷属もシェリルが座ったところに集まり、土産話を聞く体勢に入る。フィリはバルーと一纏めで輪の中に入ってる感じか。ラルスも自然に混ざってる。これじゃ少し離れたところにいるアベルとどっちが新参か分からないな。


「――それじゃ、僕も土産話を聞かせてもらうとしようか」

「それは構わないのですけれど、何か飲み物を頂けます?」

「あ、うん。少し待ってて」


 おっと、遠征帰り的な相手にちょっと気配りが欠けてたか。キッチンに向かって紅茶を淹れてくる。

 カップへ上品に口をつけると、ランカは今回の収穫について話し始めた。


 それによれば、フィリ……山河穿つ一滴(ナジアンフィリ)は暴走していたのをティスたちで倒して眷属にした魔王。極めて重い(、、)雫の弾丸を無数に放って戦うらしい。重いとは文字通りの意味で、その雫は止める事はおろか逸らす事さえ至難の業なんだとか。

 ラルスこと陰陽乱す妖狸(ラカルスマーグ)は仲間になった経緯も異色だった。クリフの案内で辿り着いたところで戦っていた二つの集団を両方とも操っていた彼は、最初の説得の段階であっさり頷いて仲間に加わったのだという。その能力は幻影を操るもので、戦っていた集団もラルスが生み出した幻だったそうだ。


 他には鎖の勇者レオンと遭遇して仕留める寸前まで追い詰めた事だとか、暴走が酷くて眷属にできなかった魔王だとかの話を聞いたり。

 逆にこっちの旧サグリア王朝側の家臣の取り込み具合やセジングル王国に居た二体の魔王、リエナについて話したり。


「――そちらは順調だったようですわね。……肝心のこちらの成果は振るいませんでしたが」

「僕が把握してる限りだと、アーサーとノエルを相手側に含めても存命の敵勇者は七人。こっちは魔王が七人に勇者が一人。単純に人数で見れば戦力は互角以上、十分だよ」

「そう言って頂けると助かりますわ」


 案外気にしているのか、物憂げな表情で紅茶を飲み干すランカ。

 眷属に出来ない魔王が多かったのも、別に誰の責任でもないし気にする事無いと思うんだけど。

 ともあれ、計画は着々と進んでるな……。

 そんな実感に少しビビりつつある内心を、紅茶と一緒に飲み下した。


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