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67.魔王領――39

「ふッ……」


 鋭い呼気と共に閃く紫色の触手を受け止めるべく氷盾を展開。

 即座に反撃に移るため次の一手を――。


「っと――!」


 そう考えていた僕の目の前で触手が跳ね上がり、軌道を変えて襲い掛かってきた。

 咄嗟に飛び退って距離を取り、空中に展開した別の氷盾を蹴って追撃から逃れる。


「やるねリエナ! 随分器用に動くじゃん!」

「え、えっと……」


 思わず称賛の声を上げると、触手の主……リエナこと焦がるる忌腕(ネシェーリエン)は白い顔を赤く染めて俯いた。そんな意図は無かったけど触手の動きも鈍り、余裕を持って躱せるようになる。

 宙に散った瘴気の雫が月明かりを妖しく反射した。


 リエナを眷属にしてから数日。

 旧サグリフ王朝の家臣たちに話をつけるのは切り上げ、結界に戻った僕は新しい眷属とじゃれ合って……じゃない、訓練に付き合っていた。

 氷の身体()はリエナの元々の性質と噛みあったらしく、瘴気と触手両方の特性を問題なく引き出せている。

 触れたものを浸蝕し溶かす瘴気はちょっと物騒だし皆に混ざって戦う時は禁止されてるけど、氷と触手だけでも十分通用するくらいの実力はある。


 リエナの戦闘スタイルは無数の触手によって間合いでも手数でも相手を圧倒するというもの。

 多人数を相手にすると意識の分散からかそこまで脅威にはならないけれど、一対一ではかなりのアドバンテージを生む。実際、僕はじわじわと触手の包囲網に飲み込まれていた。


「――『裂棘(バースト)』っ」

「『凍嵐(ブリザード)』!」


 リエナの声に応じて触手全体から無数の棘が突き出す。

 瘴気によって防御を貫通するそれが全方位から迫るとなれば、絶体絶命を通り越して詰みと言いたくなるところだけど……。

 その展開は読んでいた。

 僕を中心に巻き起こった吹雪は瘴気の雫を凍らせながら拡散し、触手ごと吹き飛ばす。


「…………」

「まぁこればっかりは相性だから。当てに行こうと思ったら不意を突くとか、もう少し反応する余裕を奪ってからってとこかな」

「……うん」


 心なしか落ち込んでいる様子のリエナにフォローを入れる。

 実際、今くらいの攻撃ならウチの眷属は皆どうにか対処できたんじゃないかな?

 あの瞬間にどれくらいの出力を出せるかで変わってくるだろうけど、範囲に魔法を撃って一瞬でも食い止めた隙に脱出すればいいわけだし。

 日数で言えば新参のリエナより結界に馴染んでる皆なら力比べでも遅れは取らないだろう。


 ……ん?

 ふと眼に留まったのはリエナの裾から伸びた触手が数本、地面に刺さっている光景。そう思って足元の感覚に意識を集中させると微妙な振動が近づいてくるのが分かった。


「んー……」


 引っかかるかどうか少し迷った後、両手に氷剣を生成。

 地面から飛び出してきた触手を速攻で斬り払う。


「……残念」

「元はといえば僕が昨日見せた方法だしね。でも、凄いスピードで自分のものに出来てると思うよ」

「その……なんだか、凄く馴染む気がする」


 馴染む、ね……クリフが言ってた事と関係してるんだろうか。

 リエナの身体は魔王焦がるる忌腕(ネシェーリエン)が僕の氷を元にした器に収まる形になっている。それと眷属化の時の同調っぽい現象が合わさって、リエナはだいぶ強く僕の影響を受けているのだという。

 シェリルによればリエナはなんとなく僕に似てる感じがするらしいけど……自分じゃよく分からない。


「――時間もちょうどいいし、今日はこの辺で休む?」

「……うん。……えっと……」

「どうかした?」

「……マスターは、強いなって。魔王なのはボクも同じはずなのに」

「確かに魔王なのは同じだけど、一応僕の方が先輩だし鍛えてるからね。リエナだってまだまだ強くなるよ」


 手頃な位置にあった頭を撫でると、リエナは一瞬だけ身を固くしたもののすぐに力を抜く。

 ……周りが暗いのもあって、こうしてみると本当にラミスに似ている。声もそっくりだし、リエナはリエナだと分かっていても少し戸惑う。

 というか……。


「えっと、やっぱりその呼び方じゃないとダメ?」

「……嫌だった?」

「ちょっと照れるっていうか、さ。皆みたいにユウキ呼びでいいんじゃないの?」

「それは……恥ずかしい、から」


 そう言うとリエナはまた顔を赤くして俯く。

 うーん……分からない。


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