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65.雪原――2

「さて――」


 相手が何を仕掛けてきても対応できるよう氷翼に魔力を込めた状態で眼科の敵を見下ろす。

 紫色の靄に包まれた塊――「焦がるる忌腕(ネシェーリエン)」。凍結自体は効くけれど芯まで支配しようとすると強く抵抗してくる。砕こうと魔力を込めるより、よく分からない瘴気っぽい力で凍結を解除される方が早い。


 ……僕って、他の魔王との交戦経験なんてほとんど無いし。こういう時こそクリフあたりに知恵を借りたいところなんだけど……作った雪像は敵に名前だけつけて叩き潰されたからな……。

 相手の間合いがはっきりしない以上、地上に降りるのはそれなりのリスクを伴う。ラミスも背負った状態であまり危険な真似はしたくない。


 特殊攻撃が効かないなら物理攻撃か?

 そう単純に考え、真上に掲げた手の先に巨大な氷塊を生み出す。


「……『白雷(グレイシャーアサルト)』」


 ボソリと呟いて手を振り下ろす。

 隕石のように墜落した氷塊は地面を揺るがし雪煙を巻き上げる。が……着弾するより早く、思ったより俊敏な動きでスルリと逃れる姿が見えた。

 逃がすわけにはいかない。そう思って僕が何かする前に雪煙は払いのけられた。そこにあったのは靄から無数に突き出した白い触手が狂ったように暴れ回る姿。長さはアレが限界なら十メートルってところか。

 触手こそ届かないけれど、何か靄と同じ色の滴が散ってきた。良いものには思えないし氷盾で受け止めると、盾は紫色に浸蝕され溶け崩れる。


「うむ、ここは余が――」

「ストップ」


 小脇に抱えていたラミスがネシェーリエンに向かって翳した手をそっと抑える。


「なぜ止めるのじゃ、ユウキ?」

「……これは向こう(日本)で聞いた話なんだけど。王に戦わせるのは臣下にとって討ち取られるのに匹敵する失態なんだって」

「そう、なのか?」

「心がけの話だと思うけどね。それに……」

「それに?」

「……今こそ、相手は魔王なんだけどさ。できればラミスには、誰かを手に掛けるような事してほしくないから」


 少しだけ考えて、本音も明かす。

 なんだかんだ理屈を並べたところで、結局は僕の感傷に過ぎないんだけど……でも、譲りたくないと思った。

 複雑な表情で手を降ろすラミス。それを視界の端で捉えながら、時折飛んでくる紫の滴を防ぎつつ次の手を考える。

 幾つかのアプローチを元に脳内で幾つかの候補を出しては消していく。基準は安全性と効率、確実性。

 ……そして、一つの案が残った。


「ラミス、少し待ってて。一応気は抜かないように」

「分かったのじゃ」


 まずは辺りの空間に、冷気を媒介として僕の魔力を浸透させる。

 少し念入りに周囲の気配を探って誰もいないのを確かめてから、片方の氷翼を変形させた足場にラミスを降ろす。

 崩れるバランスは敢えてそのままに落下。軽く羽ばたいて方向を修正し、荒れ狂う触手の奥の本体へと距離を詰める。


「――――!!」

「っ……『濤凍華(ブルーローズ)』」


 近づくにつれ聞こえてきた超音波のような音に顔をしかめつつ、氷翼からばら撒くのは乏しいイメージで雑に作った無数の薔薇。

 矢のように触手に突き立ったそれは急激に成長してその動きを抑えつける。おかげでだいぶ避けやすくなった空間を、滴にだけ気を付けて進み――。

 こちらの意図に気付いたか本体を守るように引き戻された触手は「蒼槌(グリーヴァ)」をぶつけて吹き飛ばす。


「この距離で直接叩き込んでやれば、防ぎようもないだろ? ――『永蒼の封柩(アイスエイジ)』」


 靄が手に触れそうな程の距離から、一切の減衰無しの魔力を全力で叩き込む。

 僅かな抵抗も許されず凍てつく紫の靄。

 氷は見る間にその体積を増していき、「濤凍華(ブルーローズ)」の氷と合わさってその全身を封じ込めた。

 魔力が芯まで通った手応えがある。

 これで後は砕くだけ――氷に魔力を加えようととした時の事。

 蒼い封印の内側で、ネシェーリエンがぶるりと震えた気がした。


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