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62.ダクスリト――4

 「万緑を言祝ぐもの(トリマヘスク)」……またの名を宰相アルディス・トリム。ちょっと敵対したくないその素性について聞いたところで、少し引っかかるものがあった。

 このセジングル王国に特有の民族はルディス(エルフ)だけじゃない。


「もしかして……獣人(ディラク)のルーツになる魔王もいたりする?」

「居るな」


 聞いてみると、返ってきた答えは肯定だった。まぁ、当然といえば当然か。

 クリフの話すところによれば、その魔王は名を「祖たる牙の微睡み(セベルムーア)」というらしい。表向きの名はエルディラク・ガルベルド。アルディスと違って特に正式な役職を持っているわけではないけれど、ある程度発言権もある長老のような立場で王宮に居着いているとの事だ。

 当然のように……と言うべきか、こっちもかなり古株の魔王。アルディスより少し後に生まれ、紆余曲折を経てセジングルに合流したそうだ。クリフも彼にはしばらく会っていないらしく、あまり最近の様子については知らないんだとか。


 まぁ、エンカウントする心配が無いなら今はそこまで気にする必要もないだろう。セベルムーア……エルディラクについてはひとまず置いておく事にする。

 後は、特に今聞いておく事も無いかな?

 通話を切る感覚で氷像を消す。


 トリマヘスクとの遭遇という突発的な出来事こそあったものの、当初の予定通り旧サグリア王朝の宰相だったガリアルの元を訪ねる。

 相手が相手だし待たされる可能性も考えていたけれど、予想に反してあっさりと面会は叶った。


「――お待たせした。私がガリアル・クァレオンだ」


 現れたのは肩書からすれば意外なほど若い男性。顔の彫りが深いためか年を重ねている感じもするけど、それでも三十代後半の壮年ってところだろうか。体つきもしっかりしていて、武人とか武官といった表現の方が似合う外見だった。


 用件を切り出す前にまずはラミスの素性を明かす。

 彼女が正当な王族だと証明する方法は王旗(パンディエラ)によるものだったり合言葉みたいな暗号っぽいものの確認だったり人によって違うんだけど、その辺どういう仕組みになってるのか少し気になるところではある。

 今回もラミスの素性はきちんと証明できたようで、一言二言の言葉を交わした後ガリアルは丁寧に臣下の礼を取った。


「これは失礼致しました。ラミス様、よくぞご無事で……!」

「畏まらずともよい。こちらこそ、余の不徳ゆえに苦労をかける」


 目の前で行われるやり取りは、相手こそ違えど何度か繰り返されたもの。

 だというのに真面目さというか、真摯な印象が損なわれる事が無いのはラミスの持つ誠意にもまた微塵の曇りもないからだろうか。そんな事を考えながら、少し後ろで二人の会話を眺める。

 ……僕だったらちょっとダレそうというか。少なくともラミスと同じようにはいかないのは分かる。


「――という状況じゃ。事が成った暁には、ガリアルにも再びサグリフ王朝を支えてもらいたい」

「その御言葉こそ至上の誉れ。このガリアル、微力の限りを尽くさせて頂きましょう」


 ……うん。とりあえず、これで特に重要な宰相との話は無事についたな。基盤もだいぶ安定してきたと見ていい。

 えっと、あと回るところは――。

 そう考え、脳内で地図を広げたときだった。ガリアルの視線がラミスから外れ、真っ直ぐに僕を見据える。


「――時に、そこの方。貴公は何者か伺いたい」

「僕はユウキ。縁あって彼女の護衛をしている者です」

「…………」


 あー……この目、疑われてるな。

 こうならないように気配は抑えてたんだど、気づかれたか。かと言って本格的に気配を殺せば余計に怪しさも増して逆に浮いただろうし……。

 誰にともなく言い訳をしていると、ガリアルは言い逃れを許さないような揺るぎない口調で尋ねてくる。


「差し支えなければ、その縁について聞かせて頂いてもよろしいだろうか」

「少し複雑な事情になるのですが――」


 線引きが難しいな……。

 不自然にならないよう気を付けつつ、魔王とかクリフ(大陸の意思)の事情には触れず、それでいて事実から乖離しない程度に事情を説明していく。

 綱渡りでもしているような感覚に心臓を苛まれつつ、どうにか一通り話し終えた。


「……ユウキ殿。失礼ながら、貴公は腹芸が得手というわけではないように見受ける」

「…………」


 ……図星。

 でも急にそんな事言われても返事に困る。

 とりあえずはぐらかしておくべき? そう判断して口を開くより早くガリアルは言葉を続けた。


「私とて迂遠なやり取りは本領とするところではない。貴公が私を信じるならば、認識は誤解なく共有しておくべきだろう」


 腹の探り合いが苦手な宰相って……これほど信用できない自称も珍しい。

 本当、僕こそこういうのは苦手だ。胃が痛くなってくる。


「……前提として、僕に貴方を疑う意図はありません。彼女に協力する意思にも偽りはなく、互いに考えは一致しています。事を成すにおいてはそれで充分。また、それ以上踏み込めば無用な誤解を招きかねないというのが僕の考えです。ガリアル殿なら、この言葉に偽りが無い事は伝わるかと」

「そうか……残念ではあるが、貴公の言い分は承知した」


 我ながら無様な逃げの一手をガリアルがどう捉えたかは分からない。が、追及の手は止んだ。

 後はそれ以上突っ込んだ話もなく。客人として改めてもてなそうという提案を固辞し、僕らは半ば逃げるように街を出た。


「――っていうか僕みたいな若輩者に、ああいう老練な連中の相手は荷が重いにも程があるって。勘弁してほしいよ」

「ユウキには特に苦労をかけるの……済まぬな」

「ラミスが謝る事じゃないよ。僕こそ頼りなくてごめん」


 泣き言を聞いてもらいながら来た道を引き返していく。

 ……時間には少し余裕がある。一度帰って休もうかな?


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