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61.ダクスリト――3

「…………」

「…………」


 テーブルを挟んで無言の時間が流れる。

 眼前の魔王「万緑を言祝ぐもの(トリマヘスク)」……このセジングル王国の宰相アルディス・トリムを名乗る男。まだ引き出しておくべき情報は、言っておくべき言葉はあるか?

 ――いや、無いという事はないだろう。では、それは何だ?

 最大限に加速した意識の中で思考が空回りするようなもどかしさ。

 その中で、事態がいつどのように動いても対応できるよう感覚も研ぎ澄ませる。

 実際の時間にすれば三十秒にも満たないであろう膠着状態を破ったのは、あくまで穏やかな態度を崩さないルディス(エルフ)だった。


「――まあ、そう緊張なさらずに。最初にも述べた通り、こちらに事を荒立てるつもりはありませんので」


 言葉と同時、店全体に浸透していた魔力が引いていく。

 もう構えは完全に解いたと言わんばかりに食事を再開するアルディス。


 ……僕らも、いつまでもここでお見合いしてる場合じゃないのは事実。

 相手の意図と最大の警戒要素のタネは聞けたし、こっちの目的も明かした。最低限のノルマは果たせたとみていいだろう。

 こちらも警戒のレベルを一段階落とし、慎重に食事を再開する。


「それにしてもお二人は、火を通していない魚も普通に受け入れているようで。ここ(セジングル)出身の知り合いでも?」

「……いえ。ただ、美味しいのは知ってましたから」

「ほう……それはまた、興味深いお話ですね」


 そんな他愛ない世間話とも言えないような会話を挟みながら淡々と寿司を口に運んでいく。

 正直こんな状況で食が進むほど図太くはない。アルディスは余裕の表れか、途中でおかわりを頼んだりしていたけれど。

 そのうち、ラミスも含めてほとんど同じタイミングで食事が終わる。御馳走様でした、と手を合わせるとアルディスが席を立つ。


「初対面ながら馴れ馴れしく失礼しました。お詫びと言ってはなんですが、お二人の代金もこちらで持たせて頂きますね」


 それだけ言うとアルディスは身を翻し、普通に会計を済ませて店を出て行く。

 軽く探ってみるけど小細工の類も無し。


「はぁああ……」

「お、おっかなかったのじゃ……」


 思わず息を吐き出し、席に座ったまま二人で脱力した。


 店を出た後、人気の無いところを探し……街の形式が違うのもあって良さそうな場所が見つからなかったから自前で用意し、氷像にクリフを降ろす。

 別に愚痴をぶつけるつもりはない。クリフとアルディス(トリマヘスク)が知り合いだというのなら情報を聞いておこうというだけの話だ。


 目的の元サグリア王朝宰相ガリアル・クァレオンは自分の客人だとアルディスは言った。

 おそらく立場的な意味であって、実際にガリアルを訪ねてアルディスと鉢合わせるなんて事は無いだろうけど……。

 こうしてそのアルディスに品定めされた後だ。一緒に待ち受けている可能性も捨て去れないし。


「何か用か」

「聞きたい事がある」

「構わないが手短に頼む。他所の魔王の縄張りでこの依代は安定せぬ」


 その「他所の魔王の縄張り」って情報があらかじめ出ていれば掘り下げてたのに……。

 零れそうになった愚痴を呑み込み早速本題に移る。


「トリマヘスクと接触した。彼についての情報がほしい」

「奴は……かなりの古株だ。歪みの反動がお前のように人間に宿ったのではなく、それ自体で形を得た類の魔王だな。そして、時期もあったのだろうが力を振るう事を拒んだ魔王でもある」

「時期っていうと?」

「確か、そこのラミスの先祖……に任せた、王旗(パンディエラ)がうまく機能していた頃だったはずだ。故に魔王が生み出された時点でそれ以上に暴れる必要性も無かったと記憶している」


 ふむ……。

 でも、その説明が正しければ魔王トリマヘスクの力はそこまで強大なものにならないはずだ。

 でも、相手の領域だってのを考慮しても垣間見えた力量は相当なものだった。

 あれが片鱗ではなく、全力だったとしたら……? いや、それでも出生からすれば十分に強い。それに加えて、それだけの力を見せつけつつあの余裕を保っていたっていう別の意味での脅威が追加される。


「名が示す通り、奴の能力は樹木に干渉するものだ。お前以上に場に左右される能力だが、そのぶん上限方向の振れ幅も大きい」

「うん、それはなんとなく分かる」

「そしてもう一つ、人間としての名が示すように奴はルディスの祖だ。そもそも、このセジングルという王国を最初に興したのは奴だからな」

「っ!?」


 むせそうになった。

 き、急に凄い情報繰り出してくるなんて……! 確かにアルディスって名前の中に民族名(ルディス)入ってるけど!

 でも、だとすればさっき思った疑問にも納得がいく。

 眷属(仮)が一つの民族構成するレベルの時間を、王国一つと同等以上の時間を生きてきた魔王だ。強いに決まってるわそんなの!


 ……そんな、ティスとは違う意味で大魔王みたいな奴に。腹の探り合いで太刀打ちできるはずも無かったわけだ。


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