59.ダクスリト
「嵐招く徒華」と合流するときに少し立ち寄ったセジングル王国。
広大な樹海の中に存在するこの国の独自性は大陸の中でも飛びぬけている。それだけ外部から来ると戸惑う事も多く、移住するとなるとその大変さは推して知るべしってところだ。
ただ、全体的な国民性として仲間意識の強さがあり、一度内輪に入ってしまえば非常に安全な国でもある。
……要するに。
カルチャーギャップさえ超えられれば、亡命先としてこの上ない場所だという事だ。
かつてサグリア王朝で宰相の任に就いていたガリアル・クァレオン。今は追放された彼に会いに、僕はラミスを連れてダクスリト……樹海の中層あたりに位置する町を目指していた。
ちなみに僕らとは別行動で、ティスたちも行動を始めている。
依然続く勇者の活動。それが間接的に発生させている新たな魔王の元へ向かい、戦力として引き入れるのが狙いだ。
そちらには元々ティスと行動していたランカとバルー、そして一応のお目付け役にアベルが同行している。万が一に備えてアベルの手駒にちょっとした奥の手も用意しておいたし、心配はいらないだろう。
今度は目立たないよう動く事を心がけているから、うまくいけば無用の危険に晒されることもないはずだ。
「――ユウキよ。本当に目的地は近づいておるのか?」
「大丈夫だって。それに、いざとなれば上から確認するっていう最終手段もあるし」
「それは分かっておるのじゃが……」
各所に仕掛けられた罠の類に引っかからないよう気を付けつつ、木々をすり抜け森の中を一直線に突っ切っていく。
しばらく進んだところで、背負ったラミスが不安そうな声を上げた。
確かに町らしい町には一切近づいていないから、遭難しているような気分になるのは仕方ない。
クリフの協力で作った地図の通りに進んでいるし、もうすぐ目的地には着くと思うんだけど……。
「……おっ」
「のじゃ?」
やがて小さな、でも確かに整備された道が見つかった。
僕も警備システムの全部を穏便に欺き通せるわけじゃない。目的地もそう遠くないし、おとなしく道に従って歩いていく事にする。
上を覆っている樹木の種類が違うのか、木漏れ日が差し込んでくるようになってさっきまでの鬱蒼とした雰囲気とはガラリと変わった。
遠慮して自分で歩くと言うラミスを適当に言いくるめながら進むこと十数分。森と建物が調和する不思議な町へ辿り着いた。
門番は催眠で誤魔化し、無事に潜入を果たす。
「ほう、これは……」
噴水のそば、広場状に開けたところから町全体を眺める。隣でラミスが感嘆の声を上げたけど、僕も同じ気持ちだ。
なんていうか……ファンタジー。日本どころか地球じゃ拝めないであろう光景がそこには広がっていた。歩いているルディスやディラクの姿もとても自然に馴染んでいる。
とはいえずっと風景に見とれているわけにもいかない。
宰相にも会わなきゃならないし、時間も正午過ぎ。適当に昼食も済ませないと。
というわけで適当なレストランを見繕って入ることにする。繁盛してるみたいだし良い店なんだろう。
メニューの良し悪しには詳しくない。日替わりのセットでも頼もうと――。
「――この店は初めてですか? それでしたらこちらがお勧めですよ」
不意に声をかけられた。
相手は中性的な表情の美形。テノールの滑らかな声を聴いて初めて相手が男なのだと分かる。ルディスの一人なのだろう、綺麗なブロンドの髪の間から尖った耳が覗いている。
「えっと……」
「申し訳ありません、他に空いている席がなくて。同席してもよろしいでしょうか?」
「……はい、そういう事でしたら」
逡巡は一瞬。席関係を考えれば何かあったとしても対応は可能だろう。
そう結論付けて頷き、折角だし勧められたフォカルニという料理を注文する。
相手には気取られないよう微妙に警戒を強めつつ待ち時間を過ごす。
……向かいのエルフから視線を感じる、気がする。思い過ごしか?
そんな風に考えていると、まずはラミスの元へ刺身に似た料理が運ばれてきた。
一言断りを入れ、先に食べ始めるラミス。それを見たエルフが意外そうに片眉を上げた。
サグリフ大陸じゃ魚を生で食べるのって一般的じゃないみたいだし、驚いたんだとすればラミスがセジングルの外から来た事に気づいてるって事だろうか?
気を張っているせいか、何気ない仕草からそんな事まで勘繰ってしまう。
ちなみにラミスが普通に生魚も食べられるのは、僕の趣味で眷属の皆とよく食べていたからだ。もちろん衛生面は完璧。
やがて僕とエルフのところに注文した料理が運ばれてきた。
って――寿司じゃん!?
まさかサグリフ大陸でかつての好物を味わえる日が来るとは思わなかった。食べてみると僕では再現できなかった酢飯とか醤油も寿司そのもの。
……素晴らしい。
「おや。その様子だと気に入っていただけたようですね」
「はい。昔食べた料理と味が似ていたもので」
「そうですか……失礼、申し遅れました。このセジングル王国で宰相を務めている『万緑を言祝ぐもの』です。以後お見知りおきを『凍獄の主』殿、そしてラミス・パンディエラ王女」
――ちょっと待て。
このエルフ、今なんて言った!?




