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58.魔王領――38

 アベルが知る存命の勇者は六人。

 僕が会った事がある勇者だとアーサー(弓の勇者)ノエル(拳の勇者)。あと、ノエルと別れた晩に出くわしたマチルダ(杖の勇者)

 直接は知らない名前は糸の勇者ニーナ、鏡の勇者ヘンリー、鎖の勇者レオン。

 ……密偵の情報と同じだ。なぜか剣の勇者の名前が無いことも含めて。


「アーサーはお前も考えた通り、方法次第で戦いを避ける道もあるだろう。ヘンリーは……よく分からん」

「って言うと?」

「文字通りの意味だ。人形……その表現が最も近いか。どれだけ説得しても聞き流される可能性もあれば、一言で味方にできる可能性もある」

「ふむ……」


 人形、ね……。

 なるほど、確かにどういう反応が返ってくるかは予想しづらいだろう。その内心がどんなものか分かれば話も変わるんだろうけど。


「……残る勇者の懐柔は困難だろう」

「ディアフィスに忠誠を誓ってるってこと?」

「いや……それはノエルくらいのものだ。他の三人については、どちらかといえばシータと同じだ。お前たちには合わない」


 えぇ……勇者たちの人格破綻度合って……。

 その前置きだけで少し身構えながら聞くと、内容は案の定なかなか酷いものだった。

 まずマチルダは一度遭っているし分からなくもない。自制の効かない性格に加え、自分が一番でないと気が済まないことから他者の軍門に下る事は無いだろうというもの。

 次にニーナ。度を越した浪費家で、彼女のためだけに国の税が引き上げられた程だという。財力的に引き入れるのは困難だし、その購入品には奴隷も混ざっていたことから思想も相いれないと思われるそうだ。

 最後にレオン。残忍な性格で敵を痛めつけるのを好み、そのやり方を容認するディアフィスから引き離すのは厳しそうとの事だ。

 ……うん。なんていうか、三人とも凄く関わり合いになりたくない。

 それが率直な感想だった。


「ちょっと気になったんだけどさ、鞭と鎖って似てない?」

「……それがどうした」

「いや、別に。なんか被ってるような感じがしただけよ」


 不意にティスが口を開いた。

 鞭と鎖……うーん、似てるかな? そういうので括るなら糸だって似てるうちに入りそうな気もするけど。

 それはそうとして、アベルがティスに向ける視線にはどこか険がある。立場を考えればそう仲良くできるものじゃないとはいえ、少し気になるな。

 僕がそんな事を考えていると、アベルは小さくため息を零す。


「……お前、以前交戦したときの俺たちの攻撃を見ていないのか?」

「いや、あの時はちょっと余裕が無かったから。誰がどういう戦い方かまでは把握してないわ」

「……『凍獄の主(クロアゼル)』との情報の共有も考えれば、ここで話しておくのもありか」


 僕の方を一瞥した後、アベルは説明を始める。

 アベルが使うのは勇者として召喚されてから生成できるようになった一本の鞭。対してレオンは空間から無数の鎖を召喚して戦いに用いるのだという。

 その性質からレオンは不意打ちや絡め手にも通じるが、言ってみれば彼が操る無数の鎖の性能を一本に集約させたようなアベルの鞭は威力・強度で遥かに勝る。簡潔にまとめれば一対一の勝負に強いのがアベル、多対一に強いのがレオンという事だった。


 折角の機会だし他の勇者についてももう少し聞いてみる。

 共闘したのは以前ティスたちを総力で叩いた一回きりだが、と前置きしてアベルが話したところによると……。


 アーサーは一対一の勝負を、マチルダは多数の敵の殲滅を得意とする。

 アベルとレオンの関係に近いけど、二人の間合いが中距離なのに対してアーサーとマチルダは遠距離からの攻撃が本領とのこと。まぁ、武器を考えれば妥当なところか。

 ノエルは勇者たちの中で唯一自分の武器を生成する力を持たないが、無謀ともとれる戦い方と勇者の力が合わさり高い戦力を発揮するとの事。一対一の戦いを専門とし、直接狙われて生き延びた相手はいないそうだ。

 それで、一対一と多対一のどちらかに特化した戦力を持つというわけではないのがニーナとヘンリー。ニーナの能力は全身から放つ頑丈な糸で相手を縛ったり切り裂いたりするもので、ヘンリーは鏡から生み出す実体ある幻影で相手を攻撃する。


 最後の二人に関してはまだ隠している手札があるだろう。

 そう言ってアベルは説明を締めくくった。


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