57.魔王領――37
――世界が僕に味方している。
いや、こんな発言はどうかと思うんだけど。
実際クリフの協力で得られるアドバンテージは凄まじい。
大陸で起きた大きな出来事や有名人の居場所といった最初にほしい情報が欲しいだけ得られるのはとても助かる。
「…………」
例えば?
ディアフィス聖国に反発して左遷された旧サグリフ王朝の官僚の現状とか。
ディアフィスとその南部に隣接するマゼンディーク帝国の間のラインの話とか。
魔王を統べる大魔王「天裂く紅刃」の評判とか、だ。
「………………」
「まあ、少しはこっちの考えも伝わった?」
「う、うん」
屋敷の会議室。
我ながら少し冷ややかな声をかけると、ティスも若干委縮したように頷く。
まぁかなり無茶な提案出した上に嫌味まで言われたら多少はね……。割と遠慮なく論破したおかげで気も晴れたけどさ。
この様子ならもう、仲間とも合流したしディアフィスに殴り込むなんて言わないだろう。
……ひっそり復活して目立たないように引き籠っていたどこかの魔王と違って、少し前までティスは派手に動いていた。
当然それは各方面にも波紋を呼んでいて……。
ティスが主にターゲットにしていたのは帝国の南に隣接する軍事国家、マゼンディーク帝国。
大陸有数の奴隷を抱えるこの国に殴り込んでは奴隷を解放して他国に逃がし、邪魔する軍を容赦なく吹っ飛ばしていたらしい。時として矛先は同じように奴隷を酷使する近場のディアフィスにも向き……その結果が同盟。
同盟って言い方は正確じゃないけど、二国の間にあるのは紛れもない協力関係だ。マゼンディークを攻めるティスに対してディアフィスは勇者を動かし、現在の孤立したディアフィスにもマゼンディークは中立の態度を保ち続けている。裏では兵や物資の支援もしているらしい。
リバルティスの主張である奴隷根絶は大陸中に知れ渡っている。
それに対する反応は、国自体が奴隷制度を主導しているディアフィスやマゼンディークみたいなところからは普通に反対と非難。
民族が差別を受けていたセジングルは主張にこそ賛同するような態度を示したもののそれ以外には言及せず。
それ以外の国の多くは、ただ魔王の集団に対する警戒のみを表した。
ティスが魔王であるということ、力と破壊で事を成そうとしたことが如実にネックとなっている。だからといってティスを責める事はできないけれど、二つのマイナス要素が重なってしまったのがかなり痛い。
「……だが、戦力を出し惜しみしていられる状況ではないのだろう」
「まぁね。それも理解はしてる」
アベルの言葉に頷く。
いざ戦端が開けばティスたちも否応なしに表舞台へ戻る事になる。
彼女たちと組んでいるとなれば……その疑いがかかるだけで、サグリフ王朝も疑惑の視線に晒されるのは避けられない。
「重要なのは、どういう選択が事態を悪くするかって事。前のティスたちの行動は……ぶっちゃけテロだったから警戒されてる。それも群を抜いて危険な魔王が主犯格だったから猶更」
「う……」
「大義自体は非難されるものじゃないんだ。だからその旗はサグリフに掲げさせる」
「順当な判断だな。ではお前たちの担う役割はなんだ?」
「旗頭を守ること。それと、地味に確実に仕事を果たすこと、かな。魔王が一軍を薙ぎ払うのと、旅人が犯罪組織を一つ潰すのとではだいぶ印象が変わる」
「今更だが……数年で成せるような事ではないぞ」
「分かってる。ま、その段階になれば後は根気で続けていくだけさ」
楽観的かもしれないけど、勇者の問題さえ片付けば後はどうとでもなるだろう。大軍に一人で喧嘩売るような真似でもしない限り命の心配だって無いはずだ。まして犯罪組織程度が相手になるはずもない。
「って事だけど、ティス。納得した?」
「……うん」
「じゃあ、ランカにもティスから伝えておいて」
説得は完了。これで身内の問題を心配する事なく行動に移れる。
旧サグリフ王朝の主要な人員の動向はある程度把握できている。そろそろラミスと一緒に彼らへの根回しを始めるとして……。
もう一つ、確かめておきたい事がある。というか元々こっちが今回の本題だったんだけど。
「アベルから見て、他の勇者で争いを避けられそうな人はいる? あと、出来れば逆に必ずぶつかる事になる相手とかも聞いておきたい」
「……そうだな」
アベルは考えるように目を閉じた。




