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56.セジングル王国郊外

 ティスが命じると「光喰らう魔獣(バルログ)」は飼い犬のように大人しくなった。

 彼と一緒に居た子供たちに改めて催眠をかけ、旅の途中で賊に襲われてはぐれたバルーを仲間が迎えにきたという設定で納得させる。

 意識が戻った子供たちに改めて事情を説明し、別れを告げる彼らを見届けて街を出た。


 ……バルーは魔王だ。

 僕らが戦力としてほしいっていうのもあるけど、あの関わり方では普通の人たちまで危険に晒す事になる。

 だから、これが最善の結果だったのだろう。

 アベルと共に氷翼狼に乗る少年を見ながらそんな事を考える。


 今目指しているのはディアフィス聖国の西に隣接するセジングル王国。ちょうど今まで居たリルヴィス共和国とは、ディアフィスを挟んで反対側に位置している。

 うっかり勇者の類と出くわす事の無いよう最大限の警戒を保ちながら、僕らはバルーを拾ったその足でディアフィス上空を突っ切っていた。


 セジングル王国は緑の国とも呼ばれ、大陸西部に広がる樹海の中に位置する国だ。主要な街も森と共存するように存在し、他の地域とは根本から異なっているのだという。

 また、この国にはもう一つ大きな特徴がある。

 それは民族。僕の感覚からすると種族って表現の方が当てはまるように思えるけど……簡単に言えば、ここでは人間、獣人、エルフが暮らしている。

 稀に資料で見る「半獣」「尖り耳」って表現から察せられるように、獣人とエルフは迫害されていた過去もあって国から出てくることはほとんどないらしい。


 現在はそのセジングル王国もディアフィスと交戦状態。

 被害範囲は広く国境付近の森があった場所は壊滅しているが、広大な国土故に全体で見ればそこまでの痛手ではないそうだ。

 各民族が暮らす主要な街はもう少し樹海の深部にある事、外敵に対して国土全体が圧倒的アドバンテージをもたらす戦場に成り得る事から戦局はセジングル優勢の拮抗というところ。


 所在がはっきりしている、ティスのもう一人の仲間……「嵐招く徒華(ランカリデス)」が潜伏しているのは、焼き払われた森の跡にディアフィスが拠点として作った小さな町の一つだ。

 度々セジングル側から嫌がらせのような奇襲があるものの、彼らは非戦闘員に手を出さないおかげで比較的平穏な区画にいるらしい。

 ……当のディアフィス軍でストレスを溜めた一部の兵がしばしば暴れるせいで、あくまで「比較的」の域は出ないそうだけど。


「――あ! ランカ、久しぶり」

「ティス……! よく無事で……!」


 バルーの時と違ってクリフを介して連絡を取り合っていたこともあり、ランカリデスとはスムーズに合流できた。

 ああ、正体隠す事についてバルーの時にティスから言われた事を考えると、僕も彼女の事はランカって呼ぶべきか。

 一度町から離れたところに場所を移し、改めてひとしきり再会を喜び合う二人。


 ランカは……なんというか、貴族令嬢って言葉からイメージするような少女そのものの姿って感じだ。身長はティスと同じくらいで、肩まで伸ばした金髪は見事な縦ロール。着てる服もフリルとか細かいところが凝っていて、正直その格好でよく潜伏できたなと少しだけ思った。


「それで――バルーと居るそちらの方々が?」

「ええ。協力を取り付けたユウキ……『凍獄の主(クロアゼル)』と鞭の勇者よ」

「よ、よろしく」

「…………」

「……直接顔を合わせるのは初めてですわね。ランカリデスと申します」


 一応軽く会釈する。アベルは視線を向けただけで無言。

 ランカも会釈を返してきたけど……これは信用されてないな。まぁ彼女も言った通り初対面だし当然か。

 ティスと親友って言っていいレベルの関係なのは見れば分かるし、今そこまで心配する必要は無いだろう。


「じゃあ目的は果たした事だし、一回森に戻ろうか」

「お待ちくださいな」

「ん?」


 周りに人が居ないのを確認して氷翼狼を出そうとすると、ランカから待ったがかかった。


「その前に少し、クロアゼルと二人でお話がしたいのですがよろしいでしょうか」

「えーっと……」


 正直あまり良い予感はしない。

 なに、最初に一言釘を刺される感じなの?

 実際に体験した事はないけど屋上とか体育館裏とかいうイメージが脳裏をよぎる。

 助け船を求めてティスの方を見ると曖昧に首を傾げられた。「さあ?」じゃないんだって!


「でも二人でって言っても、ここ焼け跡で物陰とか無いし」

「無いなら作ればいいのです」


 ランカが軽く指を振ると、少し遠くに生じた風の鉄槌が小さな塹壕めいた穴を地面に穿つ。

 この場は誤魔化して逃げるか、大人しく話を済ませるか……二つの選択肢を天秤にかけた結論は後者だった。

 何か拙い事があるようならもう全部ティスに任せよう。親友だろう?

 内心開き直って頷き、一足先に塹壕へ身を躍らせる。

 少し遅れてランカも降りてきた。ティスの親友は厳しい視線で僕を射貫く。


「――クロアゼル。貴方がティスに協力する目的は何ですの?」

「え? もうティスから伝わってる以上のことは無いけど……」

「存じていますわ。ですが一度、貴方自身から直接聞いておきたいのです」


 グイグイ来るなー……。

 まぁ、僕に疚しい事はない。多少の居心地の悪さを感じつつも、ティスに協力する事になった経緯を要約して話す。


「………………」

「話はこれで全部だけど……」

「偽りは無い、ようですね……。非礼をお詫びしますわ、ユウキ。改めて、よろしくお願いします」

「ああ、うん。よろしく」


 どうやらお眼鏡にはかなったらしい。ランカはぺこりと頭を下げる。

 ……彼女はちょっと苦手かもしれない。相性的に。


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