55.フィキシア――5
「――!」
「っ……」
こちらが身構えるのとほとんど同時に「光喰らう魔獣」は飛びかかってきた。
あー……ティスに逆らえないって言っても、本人から直接命令しないとダメなのかな? 考えてみればこの状況、ティスからの魔力探知が届いたうえで無視していたのは明白。抵抗される可能性を予測から消すべきじゃなかった。
最初の位置取りで警戒させないために子供に手出しできないところに立ってたのが裏目に出たか……人質に取るのが間に合わない。
身を躱すと、バルログは勢いのままに突っ込んでいく。
――って、家を破壊されて目立つわけにはいかない。屋敷にしてるのと同じ要領で家の壁を強化。
「させるかっ」
「――ッ!」
「く……!」
そのまま激突してくれれば多少はダメージになったんだけど、バルログは獣さながらの反応で衝撃を殺し、勢いを緩めずに再び襲い掛かってくる。
ザワリとその大きさを増した毛皮がその身体を覆い、姿を魔獣のように変貌させていた。
いつも通り氷盾を展開したいとこだけど……そんな連続して魔法が使えるか!
屋敷で暮らしてる時は煩わしく感じる事が多い冷気とかいうリソースを、こんなに恋しいと思う日が来るとは。
かといって避ければ後ろには子供たちがいる。彼らを傷つけるのは僕にとっても、そしてバルログにとっても本意ではないはずだ。
覚悟を決めて迎え撃つ。
「ガァアアア!」
「ぐぅッ……!」
振りかざされた爪、その手前辺りを殴って軌道を逸らすつもりがギリギリで見誤った。よりによって爪そのものに拳がぶち当たり、魔力の補強を破った爪が食い込む。
割と初めて感じる類の痛みに歯を食いしばりつつ、相手の身体の捻りを助長する形で蹴りを入れて横に転がす。
家具のあまり無い家で助かった。被害もほとんどない。
「グルッ……!」
「痛……ッ」
毒とは違うんだろうけど、手の痛みが思ったより引かない。魔法的な何か状態異常でも貰ってしまったのか。
バルログは強引に体勢を立て直すと突っ込んでくる。その動きは隙だらけだったけれど、余計な事をすれば子供を無駄に巻き込みかねない。飛び退ってその突進を躱すと、奇しくも戦い始めと同じような立ち位置に戻った。
困ったな……バルログの存在をご近所に隠蔽しつつ無力化するとなると、流石に荷が重い。空間はそれなりに広く使えるとはいえ、家の中は戦場にも向かないことこの上ないし。
一応催眠が効かないか視線を合わせてみるも、一向に手応えナシ。
その目はどこか親近感を覚える、何かに怯えるような色に染まり……でも同時に、僕には馴染みのない決意じみた光も宿していた。
彼とは敵対したくない。何か精神干渉を受けたとかじゃなく、純粋にそう感じた。
「グルル……」
「…………」
爪を受けた手がジンジンと痛む。
向こうも警戒しているのか仕掛けてはこない。少しでも動けば……いや、そうでなくても些細なきっかけで崩壊しかねない程に空気だけが張り詰めていく。
――バァン!
不意に背後で響いた音は、実際の大きさより相当響いて聞こえた。
僅かに意識を持っていかれたその隙を見逃さず、バルログが動く。
出遅れた――!
痛恨の思いと共に不完全な氷盾を形成しようとした時、鋭い一声が走った。
「伏せっ!」
「ガゥッ!?」
飛んできていたバルログの身体が、軌道を変えて直角に落ちた。
みるみる内に纏っていた毛皮も縮み、元の少年の姿に戻っていく。
「いやー……助かったよ、ティス」
「どういたしまして」
振り返ると声の主の姿。その後ろでアベルがそっとドアを閉めた。




