52.フィキシア――2
「――ま、こんなもんかな。そっちは?」
「うん、私の方も大丈夫」
忍び込んだ街、その中でも特に人気の無い南西の隅。倉庫らしき建物が並ぶ一画の奥地は今、僕らの領地となっていた。
と言っても、僕とティスの魔力を簡単に馴染ませただけだけど。外部から察知されないようにカモフラージュしてるセコい代物だ。
「……じゃあ、行くわよ」
少し緊張した様子のティスが魔力探知を行う。
その魔力が街を覆うように走り……視線で尋ねると、ティスは首を横に振った。目当ての相手は見つからなかったらしい。
そこで僕も急いで行動を開始する。
「限られし力、限られし意思の元に真実を秘匿する。『簡易幻層』」
「ほ、炎の揺らめきよ我らが姿を偽りと為せっ。『陽炎結界』」
まだ詠唱には慣れないみたいだったけど、ティスの魔法も効果は十分。
簡易的なものとはいえ魔王二人がかりの隠蔽だ、これで見つかったら相手が悪かったと諦めるしかない。
無事に「光喰らう魔獣」が気付いてくれていればいいんだけど……先に来るのは勇者か魔王か。あまり意味はないと分かりつつも、つい息をひそめて待ち構える。
割とすぐに現れたのは金髪の青年。
残念、弓の勇者アーサーだ。彼は厳しい表情で辺りを見回し……結界があるところに目を止めた。
ギクリとティスの身体が強張る。僕にしたって緊張で思わず鼓動が早くなる。
――こっち側は相手と同格の勇者・魔王が合わせて三人だ。それも向こうは遠距離戦が本分の弓の使い手。戦いになっても十分勝機はある。
でもそういう問題じゃないんだって……!
仮に僕が魔王とか関係なく日本の一般人な状態だとして、完全武装してたって熊や猪に立ち向かうのは勘弁してほしいところ。スケールは違えど、今の気持ちはそれと変わらない。
「そこに居るのは……誰だ?」
「…………」
まだ見つかっちゃいない。
アーサーも鎌をかけただけだ、きっと。
更に息を潜め、時間が過ぎるのを待つ。
……やがて、弓の勇者は小さく息を吐いて緊張を解いた。
良かった、やり過ごしたか。
そう思ってこちらも胸を撫で下ろした瞬間――アーサーの手元が霞んだ。
「ッ……!」
光の弓が生成されるが早いか、無数の矢が扇状に放たれた。
咄嗟に氷盾を生み出して受け止める。
おそらくそれは本人にとっても念のため程度に撃った適当な攻撃だったのだろう。
氷盾で容易く止まったそれは、しかし結界の力だけでは逸らしきれない程度の力を秘めていて……。
結果、隠蔽が揺らいだ。
僅かな誤差と言って差し支えないレベルの隙。
でも、初見で違和感を抱いた弓の勇者を欺くには致命的だった。
再び表情を引き締めたアーサーの第二射は、流星のような鋭さで正確に僕らの方へ迫ってくる。
――ああもう、うまくいかないな!
やり過ごすのは諦め、より強大な氷盾を生み出して光の矢を食い止める。
盾が貫かれる前にその横から飛び出し、驚いた表情のアーサーへ肉薄。
「なっ――」
「少し大人しくしてもらおうか! 『蒼槌』!」
アーサーは咄嗟にしゃがむことで冷気の一撃を避け、反撃に光弓を薙いでくる。
嫌な予感に従って生成した氷盾はあっさりと切り裂かれそうになり、慌てて爆発させ距離を取る。
誰だよ弓の勇者は近距離戦が苦手なんて言った奴! 切れ味抜群じゃないか!
「お前たち、『天裂く紅刃』の一派か!?」
「くっ……!」
まぁ確かにこんな身体能力が発揮できて勇者を攻撃するとなると、魔王を束ねるティスたちの誰かくらいしかいないか。
僅かながら距離が開いた瞬間、マシンガンか何かのように連射される光の矢が絶え間なく襲い掛かってくる。
せめて近くに池でもあればな……! 氷盾を維持するので精いっぱいだ。
……でも、まだ問題ない。
僕に矢を放つアーサーの横合いから、ティスとアベルが挟み込むように仕掛ける。
「く――って、お前は!?」
「悪く思うな、アーサー」
「アンタは、ここで仕留める!」
あー、鞭の勇者が魔王側についたって事はいざって時まで伏せておきたかったけど……そんな事言ってられる状況でもなかったか。




