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51.フィキシア

 ――氷翼を羽ばたかせて空を駆ける。

 隣では同じように炎で翼を作ったティス、そして翼を備えた中型の氷狼に乗ったアベルが飛んでいる。

 今のところ僕の結界はそもそも見つかってもいないし、ましてや突破されるような事態も無いと踏んでのこの人選だ。

 迎えに行く相手が複数の勇者に追われて散り散りになった魔王だって事を考慮して追手とぶつかる事態を計算に入れても、これだけの戦力があれば最低限撤退くらいはできるだろう。


 目指すはリルヴィス共和国。サグリフ大陸中央部に位置するディアフィス聖国、その東に隣接する国だ。

 リルヴィスは、少なくとも知られている限りでは唯一、勇者殺しを成し遂げた国だ。

 といってもその実態はディアフィス聖国がカイン……槍の勇者を深入りさせ過ぎたせいで、軍の総力を挙げて多大な被害と引き換えに仕留められたというもの。実質ディアフィス側がみすみす勇者を一人捨て駒にしたってだけだ。

 首都目前まで侵攻した槍の勇者の通った道を中心に壊滅的な打撃を受けたが、敵軍の要であった勇者を倒した事で一時的にディアフィス軍を完全撤退させることに成功。

 今は勇者に負わされた傷跡も癒えつつある、そんな状態らしい。


 この出来事は現在のディアフィス聖国が保有する勇者の強大さと限界を示す事になった。

 勇者が率いる軍は他のどんな軍にも勝るが、いくら勇者でも国を滅ぼすには至らないという事だ。

 加えて勇者を抜きにしたディアフィスの軍はお世辞にも精強とは言い難い。

 ディアフィス側はカイン(槍の勇者)の二の舞を警戒して勇者を突出させられず、荒らされた前線も複数の部隊がゲリラ的に動いて制圧を防ぎ損失を強いる。

 そんな消耗戦を全方面で展開し、勇者の力で強引に持たせているディアフィス聖国は、しかし一向に矛を収める気配を見せない。


 ――で、この情報が今回の目的にどう関わってくるかっていうと。

 最近ディアフィス聖国は勇者を忍び込ませる形で運用しているらしい。

 護りの薄い要人の暗殺や無理のない範囲での破壊工作が主なものだが、今回は魔王への刺客として潜入している勇者と出くわす可能性がある。

 というか実際、いま迎えに行こうとしている「光喰らう魔獣(バルログ)」は弓の勇者アーサーに追われているらしい。


 度々お世話になる密偵知識によると、アーサーはコーネリアという女性に忠誠を誓っていて説得は不可能とのこと。遠距離武器の弓から逃れるのは困難だし、厄介な相手だ。

 うーん……相手が誰であれ、できれば殺さずに事を収めたいのは変わらない。変わるはずがない。

 件のコーネリアはディアフィス聖国の上流貴族の娘らしいけど、その辺りから崩していければ或いは……。

 今回もし接触したとしてその場で説得するのは不可能だろうとはいえ、重要事項として記憶しておく。

 後はサグリア王朝を再興させたときのためのコネ作りと、そのための情報収集……ここらはバルログ、あと「嵐招く徒華(ランカリデス)」だっけ? その魔王たちと合流してから消化する形になるかな。

 効率を重視するなら同時並行で進めたいタスクだけど……いや、仲間の友達となれば最優先するべきだ。万が一なんてあれば目も当てられない。


 特に会話も無い中、そんな事を考えるうちにリルヴィス共和国へ到着。バルログが潜伏していると思しき街から少し離れたところで、アーサーに見つかるのを防ぐため地上へ降りる。

 広がるのは一面の荒地。空気も乾いている。

 ……ちょっとばかり、魔法も使いにくいかな。雨でも降ってくれれば少しは楽になるんだけど。

 少し懸念する僕の横で、ティスが炎翼を人型に変えて話しかける。


「クリフ。バルーが居るのはこの街で間違いない?」

「ああ。弓の勇者も同様だ」

「なかなか広いわね……」


 炎人形を消したティスは、街を見て苦い顔をする。

 確かにさっき上空から見下ろしたこの街フィキシアは、セントサグリアの七割ほどの規模だ。

 普通に探していては……それも相手が潜伏しているなら猶更、らちが明かないのは容易に想像がつく。


「ところで二人は、アーサーに面が割れてるとみていいのかな?」

「そうね。私は見てないけど、射撃されたしたぶん見られてると思う」

「俺も何度か顔を合わせたことはあるな」

「じゃあ二人は顔を隠すとして……魔獣って言うくらいなら、ティスが近く通ったら匂いで気づいてくれるとかない?」

「厳しいわね。獣化してないときはそこまで敏感じゃないし、何より普段は寝てる可能性が高いわ」

「うーん……」


 他にもいくつか方法を考えてみるけど、どれも今一つ成果を期待できそうにない。

 気は進まないけれど沈黙を破る。


「一か八かの賭けになるけど……魔力探知して、一発で決める?」


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