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49.魔王領――35

「――って感じで、ディアフィス聖国は暫定第一目標ってわけ」

「………………」


 流石に言葉が足りなかった分を補うためにも、今の僕らの状況と目論見を全部教える。

 口も挟まず大人しく耳を傾けていたアベルは沈黙。しかし、その雰囲気は否定というより考慮の気配を感じさせる。


「それで、改めて勧誘。勇者の力が借りられれば凄く心強いなって」

「…………分かった」


 最後のひと押しに鞭の勇者はゆっくりと頷いた。

 それを確認して氷の棺を完全に解き、よろめいた身体を支える。


「客室はまだ空きがあったはずだし……ティス!」

「呼んだ?」


 声をかけると木立の間で話を聞いていたティスが出てくる。

 ……あれ、アベルは少しくらい驚くかと思ったんだけどな。

 ティスがいるのは分からないように魔力を放ってカモフラージュしてたんだけど。


「……逆に、だ。そうも魔力を放出していれば何かを隠そうとしている可能性くらい考える」

「なるほどね」


 疑問が顔に出ていたのか、アベルがそう説明する。

 その身体を支えるのをティスに代わってもらおうとすると、アベルはそれを断って自分で立った。

 ほぼ一日中氷漬けになっていた割には凄い回復力、さすが勇者というべきか。


「確か今ティスが使ってる部屋の辺りは空き部屋だから、適当なところに案内してくれる? あと、ご飯とか要るようなら適当な誰かに言えばいいよ」

「分かったわ」

「世話になる」


 小さく頭を下げるアベル。

 屋敷の方に戻ろうとした彼は、ふと歩みを止めて振り返った。


「『凍獄の主(クロアゼル)』。そこのシータにも同じように話すつもりか?」

「まぁね」

「おそらく徒労に終わるだろう。後顧の憂いを断つなら速やかに始末する事を勧める」

「……へぇ? 相棒にずいぶん冷たいんだね」

「俺の役割はストッパーだったからな。コイツは子供過ぎる。無用な犠牲・争いを避けるというなら絶望的に合わない(、、、、)

「ふぅん……」

「尤も、すぐに信用されるとは思っていない。俺は先に行かせてもらう」


 そう言ったアベルは改めて身を翻し、屋敷の方へ戻って行った。

 僕はこのシータが戦ってるのを少し見ただけだけど、確かにアベルの言葉とイメージは合う。ディアフィス聖国に侵入したときの情報とも。

 ……まあ、話すだけ話してみるか。

 アベルの時と同じように首から上だけ解放すると、我に返った槌の勇者は怒りに染まった目で睨み付けてきた。


「このシータ様に舐めた真似してくれんじゃねーか! こんな氷とっととぶっ壊してお前も――ッ!?」

「はいはい、少し落ち着いてー」


 怒涛の勢いでまくしたてる声を、氷で喉を抑えることで封じる。

 誤解の無いように説明すると喉の振動を止めただけだ。別に首を絞めたとかそういうわけじゃない。


「――! ――――!」

「はぁ……」


 ただ、困った事が一つ。

 どれだけ待ってもシータは一向に大人しくなる様子を見せない。

 そのうち口の動きから何を言っているのか分かるようにまでなってきた。

 この調子じゃ僕だけ一方的に喋っても聞く耳持たないだろうな……。


 少し考えた結果、時間も勿体無いし日課の訓練をしながら待つ事にした。

 そうして訓練も一通り済もうかという頃……ようやくシータが大人しくなる。

 喉の氷を解き、アベルの時と同じように説得してみたんだけど……。


「――ハッ、話にならねぇな。何よりテメーとその考えが気に入らねぇ」


 取り付く島もなかった。

 そもそもシータは存分に力が振るえるからディアフィスに協力しているって時点でアベルとは根本的に違う。

 ……確かに、アベルの言った通りかもしれない。

 自分より強い相手が気に入らないっていう感じだし、そうすると僕やティスは相性が悪い。下手したらレンたち眷属たちとも揉めかねない。


「……最後に一つだけ。今まで手にかけてきた人たちに対して、何か思うことはある?」

「あ? あるかよそんなもん。弱ぇのが悪いんだ」

「………………」


 再び氷柩を閉じる。

 魔力を集中させ……脳裏に過った家族の顔に、眷属の皆に心中で詫びる。

 逸らしそうになった視線を身動き一つしない槌の勇者に向け……真っ直ぐにかざした手を、ぐっと握りしめる。

 凍気は容赦なく彼女を一瞬で呑み込み、次の瞬間音もなく砕け散る。

 さらさらと流れていく白い氷の粉末。血の一滴も飛び散ることはなかった。


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