45.魔王領――31
今作は本日よりこれまでの水曜日に加え木曜日も、週二回更新となります。
「ケホっ……」
咳き込むと焦げ臭い空気が鼻についた。全身からは黒煙が上がっている。
トゥリナの水撃に全身切り裂かれて、シェリルとティスの炎に内側までダメージを通された。これまでの人生で最大の痛みが身体を苛んでいるのが分かる。
でも、まだ身体は動く。
あれだけ好き勝手言っておいて、こんな簡単に負けてちゃ話にならない。
……負けられない。
「やった、のか……?」
「フラグ建築ご苦労、シェリル」
「へっ?」
「塗り潰せ――『凍嵐』」
僕自身の魔力に小声の詠唱を乗せて吹雪を放ち、その手応えから相手の配置を確認する。
不自然に反応が途切れた空間にはラミス。そこから少し離れたところで防いでいるのはシェリルとトゥリナ、ティス。効果範囲から逃れ損なったのはネロで、その肩に担がれていたのは先ほどの雷魔法で大きく消耗したドラクロワ。
相手はレンたち眷属にラミスとティスを加え、しめて十九人。それが三つに分かれてるから、一グループあたり六人だから数は合う。
一気に決める……!
対処される前に吹雪を手元に収束させ、「巨氷潰剣」に変化。余った冷気で生み出した氷翼を羽ばたかせ、起き上がろうとしているドラクロワにトドメを刺そうと宙を駆ける。
「止めるっ……」
「おうよ!」
そんな僕を阻もうとシェリルたちが繰り出したのは炎と水の弾幕。
取り回しのきかないデュランダルでは対処しづらい弾丸の雨は、無視するのは些か厳しい魔力を帯びている。
僕が選んだのは氷翼を盾にして弾幕を突っ切る道。
……少しだけ、速度が緩んだ。
時間にして一秒の何分の一かも怪しい空隙。そこに紅が割り込んでくる。
「――させるかぁあああ!」
「くっ……!」
強い意志と共に振るわれた炎剣を受け止めるが、衝撃は殺しきれない。押しやられる方向に氷の足場を作り踏み止まるも、ドラクロワへの追撃のチャンスは完全に潰された。
剣を引き狙いを変えようとすると、ティスも喰らいついてきた。
二刀流、槍、鞭、鎌……武器を様々に変化させて打ち合いながら考える。
眷属を狙おうとすればティスが阻む。かといってティスに集中しようとしても、シェリルたちの妨害がそれを許さない。
今は上空で戦っているから影響は小さいけど、地上の眷属を狙おうと思ったらラミスの縄張りに踏み込むことになる。その厄介さはついさっきの一撃で骨身に染みている。
「む……」
「そう簡単には乗せられないわ」
高度がある点……地上からの魔法が通じる限界に達したところでティスが上昇をやめた。
このまま千日手になれば、他のグループがゴールに到達することになる。時間が経つほど相手の勝利条件が満たされていくわけだ。
……一度この戦いを捨て、他のグループを狙いに行くという選択肢もある。
ティスもラミスもいないグループなら、単体で警戒する必要があるのはレンとレミナくらいのもの。
でも……その策を採用する気にはならなかった。
ここに居れば僕に気付かれずにゴールへ抜けるのは不可能。だからこれは敗北の可能性を減らすための判断だ。
そう自分に言い訳しながら氷翼を羽ばたかせ、ティスと得物を交える。
「――流石は北域最強、どんな武器でも使いこなすって?」
「ただの器用貧乏、だよっ」
そう言うのと同時に氷鎌を振り下ろし、地上からの援護射撃は柄を折って作った短剣で相殺。
その隙に切り込んできたティスには鎌を変形させた長剣で対応する。
……武器を少し変える程度の小技じゃ意味は無いか。
なら、次の手は――そう考えたときだった。
「! あれは……」
「うん?」
眼下に映ったのはオリクたち六人の眷属。
いま氷狼Aが交戦してる方ではまだ雪煙が立ち込めてるから、これはまた別のグループか。
ええい、氷狼Bは何をしてるんだ!
ティスの炎を凍てつかせながら、一瞬そんな方向に逸れた思考を引き戻す。
現状で既に押し切れない状況が続いているのに、更に状況が傾いたか。
…………。
少し考えてから高度を下げる。
その分シェリルたちの援護射撃は苛烈さを増すけれど、防ぐだけならそう難しい話でもない。
一度大きく息を吸い込み、口を開く。
「……『天裂く紅刃』」
「なに?」
「勝敗はどうあれ僕は協力する。その意思は変わらない。その上で……この勝負、負けるわけにはいかないんだ」
「ええ。分かってる」
「ここからは……守矢優輝じゃなく、『凍獄の主』として戦う。そっちも、殺す気でやってくれて構わない」
「っ!」
「――『凍絶蒼剣』」
マジックミラーと同じような仕組みの仮面を作って表情を隠し、小声の詠唱と共に「巨氷潰剣」の中から長剣を引き抜く。
魔力を通すと刃が甲高い音を立てた。
僅かに怯んだ様子のリバルティスへ袈裟懸けに一閃。
防御しようとした炎剣と接触したとき、一瞬だけ抵抗が生まれ……そして消える。
紅が、宙に散った。




